外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年10月15日(火)

デュポン・サークル便り(10月15日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンDC近郊はすっかり秋になりました。なんと気の早いスーパーなどでは、ハロウィン用品だけでなく、来月の感謝祭に向けた商品まで店頭に並ぶようになりました。それどころか、ウォルマートやターゲットなどの量販店が出しているチラシは、既にクリスマス商戦を開始。どんどん一年が短くなるような気がするのですが、気のせいでしょうか。日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

アメリカでは、既に11月5日の大統領選挙投票日まで1か月を切り、トランプ、ハリス両陣営とも、「最後のお願い」モード。ですが、この大事な10月に、なんと、2つのハリケーンが立て続けにアメリカ東南部を襲いました。このため、ジョージア、テキサス、ノースカロライナ州の一部と、フロリダのかなりの部分が洪水、停電などの大被害に。当然、これらの地域では物流が滞り、支援物資をどうやって必要な人に届けるか、これだけの大被害に耐えられるだけの経済基盤がない中小企業に対する財政支援をどうするか、などなど、政府と議会にはやるべきことが一杯。

通常、このような危機が起こると、災害対応の先頭に立つ現政権側に、なんとなく選挙戦上は有利な雰囲気になります。ですが、大規模災害後に必ず発生する情報の錯そうや混乱を逆手にとって、トランプ陣営は、現在、「架空の話をさも真実のように自分たちの集会で語る」という十八番の戦術を展開しています。9月の大統領候補討論会で、突如トランプ前大統領が「オハイオ州の移民は、地域の住民のペットの犬や猫を捕まえて食べている」と、口あんぐりな話をしたのは記憶に新しいところです。ですが、今回もトランプ陣営は、大規模災害が起きているのは南東部なのに、なぜかコロラド州で大量流入してきた移民が犯罪を起こしている、というお話や、「ノースカロライナの住民が助けを求めているのに、連邦政府は何もしていない」など、まぁ、よくこれだけ次から次へと、あることないこと、話すネタを探してくるなぁ、という勢いです。

これに対して、バイデン政権はもちろん、ハリス陣営も必死に対抗しているわけなのですが、どうも、初動の動きが早いトランプ大統領が、既にこのような話を流布してしまったあとにハリス陣営が火消しに追われるパターンが続いています。災害被害地域では、停電が続いたため、携帯が通じない、インターネットが一時つながらなくなった、などで、正しい情報が伝わりにくいという状況もハリス候補にはハンディとなっています。

そんな中、ハリス陣営も、10月に入ってから、遊説先の地元メディアとのインタビューの回数を増やす、若者の間で視聴率が高い深夜番組のトークショーに出演する(しかもそこで、インタビュアーと一緒に、缶ビールを「プシュッ」と開けて一杯やる(缶ビールが激戦州ウィスコンシンで製造されているミラーなのはご愛敬)・・・・など、「親しみやすいカマラ」のイメージを全面的にプッシュしています。それだけではありません、政治コメンテーターの間で民主党の選挙戦の「秘密兵器」と呼ばれてきたオバマ元大統領が、ついに遊説先にハリス副大統領と同行、彼女の応援演説を始めました。

というのも、9月以降出てきている経済データが、インフレ率、失業率、新規雇用創出数、どれをとっても上向いているはずなのに、支持率では、あれだけハリス候補のディベートのパフォーマンスが良くても、依然としてトランプとハリスはデッドヒート状態。特に、激戦州では、未だに経済や移民対策などの政策分野で、ハリス副大統領の支持率はトランプ大統領に後れを取っているところが少なくないからです。

これはなぜなのでしょう?現状を知る手掛かりになる、とても良いデータが、ある朝、CNNを見ていたら出てきました。CNNは、選挙報道の主である政治部のジョン・キング氏を筆頭に、大統領選挙ごとに新しいデータモデルを出してきます。例えば、メディアを見渡しても、普段から選挙戦で各州の郡ごとに個別の支持率調査をしているのは、おそらく全米メディアではCNNぐらいです。そんな彼のチームが今年出してきた新しい分析モデルは、全米の各地域の「給与上昇率とインフレ率の相関関係」に関するもの。個人の生活に置き換えてみると、給料の伸び率がインフレ率を上回っていれば、「値段上がったなぁ」とは思うかもしれませんが、「生活が厳しくなった」とは思いません。逆に、給料の伸び率がインフレ率に追いついていなければ、インフレ率がいくら鎮静化してきても、「生活が厳しい」感は消えません。その相関関係を全米でマッピングしたCNNの最新データを見て私は「あ~~」と思いました。

何故なら、全米の中で、給与上昇率がインフレ率を上回っているところが・・・・そう、ほとんどないのです。しかも、給与上昇率とインフレ率の差がおおきければ大きいほど、地図上の色が濃くなっている(=つまり、「生活厳しい」感が強い地域ほど、濃い色)のですが、激戦州はほぼ、もれなく色が濃い、つまり、給与上昇率がインフレ率をかなり下回っているのです。これでは、ハリス陣営がいくら「機会経済」を訴えても、現実の暮らしが厳しいわけですから、「3年半、副大統領やっていたハリスは、一体何やってたんだ」というトランプ陣営のメッセージの方が共感を以って受け入れられやすいのは、ある意味、納得です。

さて、ハリス陣営、この劣勢を跳ね返すことができるでしょうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員