外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年10月7日(月)

デュポン・サークル便り(10月7日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンDC近郊はすっかり秋の気配。いきなり気温が下がって、スーパーに行けばハロウィン一色。ついこの前まで、みんな、タンクトップで汗をかきかき、歩いていたのですが・・・。先週後半からはうって変わって、朝、ウォーキングですれ違う人は、もれなくトレーナーにスウェットパンツ。実は、2週間前に脳震盪を起こしまして、この2週間近く、ほとんど使い物になりませんでした。そのため、大変ご無沙汰してしまいましたが、日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

日本は10月1日に石破政権発足と思ったのもつかの間、10月27日に総選挙となり、突如、政局が動き始めましたね。石破総理と言えば、まだ自民党総裁に正式に選出されていないのに、フライングでハドソン研究所が、あらゆる意味で「・・・・」なコメンタリーを前のめりに掲載。ハドソン的には、日本の次期首相から自政権への抱負を聞かせてもらって、「どこよりも早く、ゲットしたぜ、エッヘン!」だったんだと思いますが、このコメンタリーの中に、「アジア版NATO」やら「地位協定改定」やら、この数十年間の日米同盟の歴史の中で、出ては消え、出ては消え・・を何サイクルかリピートしていたアイデアが再びぶちあがったから、さあ大変。「アメリカも選挙の真っ最中だし、誰も読んでないよね」なんて、楽観的な見方をする識者の方も日本にはいらっしゃるようですが、バイデン政権内では、このコメンタリーが、がっつりと回覧されているだけではなく、その後、石破総理の記者会見の発言も、細かくフォローされている模様。しかも、共和党よりのハドソン研究所からしかコメンタリーを出してない、ということで、ハリス陣営には「フーン、トランプが勝つと思ってるんだね、日本の今の政権は・・・」と思われても仕方のない展開。せっかく、安倍~菅~岸田と脈々と構築されてきた日米指導者間での信頼関係が、下手すると、11月5日以降、一気に吹っ飛びかねない状態になってしまいました・・・というわけで、10月27日投開票の総選挙への関心は、対日政策関係者の間では非常に高いものがあります。

とはいいつつ、アメリカ全体で見れば、対日政策は「コップの中の嵐」。大統領選投票日まで1か月となった10月1日、ニューヨークのマンハッタンにあるCBSスタジオで、ティム・ウォルツ民主党副大統領候補(ミネソタ州知事)とJDバンス共和党副大統領候補(オハイオ州選出上院議員)の間で副大統領候補討論が行われました。9月10日のハリス民主党大統領候補(現職副大統領)とトランプ共和党大統領候補(前大統領)で行われた大統領候補討論会でハリス副大統領が「圧勝」したのは記憶に新しいところですが、今回、共和党副大統領候補に指名されてから「子なし猫好き女(childless cat ladies)」を始め、失言続きでミソをつけっぱなしのJDバンスが、ここで劣勢を跳ね返すことができるのか、または、トランプとバンスを「weirdo」と呼んで以来、民主党陣営きっての「ワンフレーズキャッチコピー」の天才と化したティム・ウォルツ民主党副大統領候補が、バンスに追い打ちをかけて叩きのめすのかが注目されていました。

ですが、蓋を開けてみると、副大統領候補討論会はバンスが圧勝。邪推でしかありませんが、ウォルツはもしかしたら、マンハッタンに来た時点で、都会の雰囲気にのまれてしまい緊張していたのかもしれません。事前に、民主党の保守系メディア担当、全米ディベートチャンピオンのピート・ブティジェッチ運輸長官がバンス役を務めて、特訓したと報じられていましたが、討論会が始まってみると、緊張しているのが画面からも伝わってくるほど。特に、出だしは、質問に答える際の声は少し震えており、質問にダイレクトに答えようとしないなど、「緊張して、自分のペースで話せていない」ようすが明らか。ようやくウォルツに本来の切れ味が戻ってきたのは、討論会も終わりに近づいた最後の30分ぐらい。しかも、バンスがハリスの政策を批判しているのに、即座に反論しないかったことも多く、「機会が失われた(missed opportunity)」というコメントが多く見受けられました。

これに対してバンスは、質問に対する答えも概ね安定路線。唯一、ペースが乱されたのは、討論会の終盤で、2021年1月6日の連邦議事堂襲撃に事件が話題に上っていた時に、ウォルツがバンスに「2020年の選挙で彼(トランプ)は負けたのか?」と直球で投げた質問に対し、「ティム、僕は未来にフォーカスしているんだ」と答えて直接の回答を避けたバンスに対し、ウォルツが「そんなの全然答えてないだろ(That is a damning non answer」と切り捨てた時ぐらい。特に、実際に討論会を見ていた私も「バンス、やるねぇぇ」と感心したのが、中絶問題が議題に上った時。この問題は共和党にとっては常に鬼門ですが、バンスはここであえて、若くして妊娠し、やむなく中絶を選んだ隣人の例を自ら言及。「彼女が今でも言うのは、『あの時は中絶しないという選択肢がなかった。産んでいたら、自分の人生が台無しになっていたから』ということです。彼女のような女性がいなくなるように、私たちはもっと、女性の信頼を勝ち取る努力をしなくてはいけない。不妊治療も支援しなければいけないし、出産後に仕事や学業に復帰できるように保育園をもっと手が届きやすいものにしなければいけない。私たちはもっと、私の隣人のような女性の信頼を得るために努力する必要があります」と話したのです。これはまさに、共和党予備選の時に、ニッキー・ヘイリー元国連大使が「『中絶はだめだ』というだけではだめで、予定外の妊娠をしてしまった女性でも、将来の心配をせずに安心して出産というオプションを選べる社会をどうやって作るかを語らなければ、この問題では共和党は勝てない」と話していた、その彼女のトーンの「完コピ」だったのです。

それ以外にも、討論会を生で見ていて印象的だったことがいくつかありました。一つは、討論会開始後、10分近くが中東情勢に関する質問で占められていたことです。冒頭でこれだけ外交問題に時間を割いた候補者討論会は極めてまれではないでしょうか。

2つ目は、銃規制問題について。ウォルツは狩猟が好きで、自宅に銃器も保有しており、全米ライフル協会(NRA)会員だった時期もあるほどの銃保有支持論者なのは良く知られていますが、ハリス副大統領も「身の安全のために」銃を持っていることを公言しています。つまり、民主党側の正副大統領候補がどちらも銃の所有者である状況で銃規制問題について討論が行われたわけで、これは非常に珍しいケースなのです。

さらに、通常は、選挙運動中にお互いの大統領候補を激しく批判し合っている両候補でありますが、直接顔を合わせた討論会では、お互いへの対応はとても友好的。2020年の大統領選の時も、副大統領候補討論会で対決したマイク・ペンス副大統領(当時)とカマラ・ハリス上院議員(当時)は、討論の最中こそ、ガッツリと対決していましたが、討論会終了後は、ハリス夫妻とペンス夫妻がなごやかに談笑している映像で、生中継が終了していた感じとよく似ていました。また、討論会の最中、ウォルツもバンスもお互いに「彼の言っていることには同意できる部分もある」と述べる場面もありました。例えば、バンスが(childless cat ladyなど)失言について批判されている点については、ウォルツが「自分も言い間違いをする(misspoke)ことがよくあるので、彼の言い間違いについても同情できる」と発言、これに対しバンスが「俺も分かるよ、俺も(Me too, man)」と応じたりしていて、あの討論会だけ見ていた人には「意外と、共和党も民主党も、目指すところはあんまり変わらないんじゃない?」と思ってしまいかねない雰囲気の討論会でした。

ですが、現実は、それとは真逆。投票日まで1か月を切り、不在者投票や郵便投票も始まり、選挙戦は最後の追い込みに入りました。ここ数回、過去の大統領選挙で、10月は、選挙の流れを一気に変えるような出来事が発生する「オクトーバー・サプライズ」と言われているのですが、さて、今回の選挙では、どのような「オクトーバー・サプライズ」が両候補を待ち受けているのでしょうか・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員