外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年9月6日(金)

デュポン・サークル便り(9月6日)

[ デュポン・サークル便り ]


9月の声を聞いたかと思ったら、今週のワシントン近郊の天気は、突如として初秋。湿気がなくなり、日中、少し気温が上がっても爽やかなのは嬉しいのですが、朝晩の涼しい(寒い?)こと!このまま、秋に突入してしまうのでしょうか。日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

さて、週明けの9月10日は、いよいよ、アメリカ内政ウォッチャー待望の、ハリス副大統領とトランプ前大統領の直接対決です。きっと議会周辺のバーでは、フットボールやバスケの試合をみんなで大きなスクリーンで観戦する「視聴パーティ(Watch Party)」に匹敵する状態になるのではないかと思いますが、今週のアメリカの有権者の関心は全く選挙ではないのがアメリカらしいところ。

というのも、全米各州で新年度が始まって間もないというのに、なんとジョージア州の高校で銃乱射事件が発生したのです。しかも、事件の犯人は14才の少年。この事件でこの高校に通う学生2人と教師2人が犠牲となり、その他、回復が見込まれてはいるものの9人が負傷。しかも、犠牲になった2人の先生のうちの1人は、ルーマニア出身の女性の数学の先生で、自分の誕生日を、教え子と一緒にお祝いするために、お手製のケーキを焼き、ピザも買って出勤、クラスで生徒と自分のお誕生日を祝っていたところを射殺されるという何とも痛ましい結果に。

ただでさえ、銃規制が選挙の争点の一つに浮上しつつある今回の大統領選挙。そんな中でこの事件が発生したことで、俄然、銃規制を求める声が、共和党の固定支持層が多い州でも高まり始めました。事件発生当時、ハリス候補はニューハンプシャー州で遊説の真っ最中でしたが、演説を中断して「私たちは、この国に蔓延している銃による暴力という疫病に終止符を打たなければなりません」と訴えました。対するトランプ前大統領も、さすがにこのような事件が起きたとあっては、「それでも銃を保有する権利」を訴えるわけにもいかなかったのでしょう。自分のSNSプラットフォームの「トゥルー・ソーシャル」で、死傷した方たちの家族へのお悔みの言葉をリリースはしましたが、オンラインのステートメントだけでは今ひとつインパクトに欠けています。

ここで、思いがけず民主党陣営にとって重要になってきたのが、ティム・ウォルツ副大統領候補。というのも、共和党が銃規制問題で民主党を批判する時は、「民主党は皆さんから銃を取り上げようとしている」という主張をするのがお決まりのパターン。ですが、今年に限ってはそれが使えないからです。というのも、ウォルツ副大統領候補は、バリバリの銃所持者。連邦下院議員時代には、銃を持っている議員の射撃コンテストで共和党議員を押しのけて優勝しているのです。そんな彼に「自分は銃を持っているし、(銃の所有を認めた)憲法第2修正条項を強く支持している。しかし、父親としての責任を果たす方が先だ。子供たちを銃による暴力から守らなければならない」と主張されると、共和党としても、「これは少し攻めにくい」というのが正直なところではないでしょうか。

また、世論調査、特に激戦州の世論調査にも変化が。バイデン大統領が民主党大統領候補だった時には、激戦州のほぼ全部でトランプ前大統領が僅差で優勢だったのですが、ハリス副大統領が民主党候補になってからは状況が一変。9月4日にCNNが報じた激戦州を対象にした世論調査の結果によると、ウィスコンシン州やミシガン州ではハリス副大統領が僅差ながらもリード。アリゾナ州では引き続き、トランプ前大統領が優勢なものの、ハリス副大統領が追い上げています。そして、ペンシルベニア州とジョージア州に至っては、デッドヒート。つまり、現時点ではハリス副大統領側に有利な方向に流れが変わっているということです。

そして、ここにきて改めて注目されているのが激戦州における知事の役割です。ペンシルベニア州の州知事は、最後まで副大統領候補のリストに残っていたジョシュ・シャピロ知事。ユダヤ系の彼は、51才(私より2歳若い・・・・)という若さ。2023年11月にアメリカ東海岸の南北を繋ぐ大動脈であるルート95を繋ぐ橋が崩落した事故では、復旧工事をわずか12日で終わらせ、全米を驚愕させました。この偉業については、ウォルツ副大統領候補も「橋を再建したかったらジョシュ・シャピロに一報を」を持ち上げたほどです。このため、彼は州内の有権者の間で、党派を超えた支持を集めています。そんな彼のモットーは「GSD(Get the Shit Done)」。和訳するとちょっと乱暴な言葉になってしまいますが、要は「(ペンシルベニア州のために)俺は頑張るぜ!」ということ。州内でこれだけ人気のある知事が民主党陣営を全力で推す、というのは、どう考えても共和党にとっては懸念材料です。同じようにジョージア州のブライアン・ケンプ知事も、共和党員ではありますが、2020年大統領選挙の際に、「もっと俺様の票を探してこい。1万票ぐらいひねり出せ」という迫るトランプ前大統領と正面対決して以来、トランプ前大統領との関係は最悪。今年夏の共和党大会を機にようやく関係が修復されたようにも見えますが、彼の本音は誰にもわかりません。つまり、今年の大統領選挙の行方を大きく左右する2州で、党派を超えた支持を集め、絶大な影響力を持つ知事が、これまでトランプに批判的なスタンスを取ってきた知事だということです。トランプ陣営にとって、これは頭痛の種になるでしょう。

なんとなく、トランプ前大統領にとっては嫌な空気の中で来週、第1回大統領候補討論会が行われます。バイデン大統領の勢いが一気に衰えるきっかけになった前回の討論会。さて、今回はどうなるのでしょうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員