外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年8月27日(火)

デュポン・サークル便り(8月27日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊は、今日ぐらいまで、湿度が低く、程よい気温の9月末を思わせるお天気だったのですが、明日から再び、猛暑が戻ってくる模様。残暑というにはあまりにも厳しい、連日の100℉超えが予想されており、考えただけでゲンナリします。日本の皆さんは、残暑疲れなどされていないでしょうか。

いやはや、大興奮の内に、先週、民主党党大会が終了しました。スティービー・ワンダーが歌う姿を最後に見たのは、いったい、何年前だったでしょうか?というぐらい、党大会4日間を通じて、黒人セレブが次から次に登場。BGMに「白人アメリカ人の演歌」、カントリー・ミュージックしか流れなかったと言っても過言ではない共和党党大会とは対照的に、民主党党大会でBGMに選ばれたのは、テイラー・スウィストさんやビヨンセさんなど、これまた超セレブの音楽に代表される、今、人気のある音楽ばかり。ちょっとした音楽フェスのようなノリの4日間となりました。

党大会で、応援演説に登場した人もバラエティーに富んでいました。有名どころでは、黒人超セレブのオプラ・ウィンフリーさんが、党大会3日目にサプライズで登場。彼女は2007年当時、大統領選出馬を決めたばかりのバラク・オバマ上院議員(当時)への支持を一早く公言、アイオワ州予備選で草の根選挙活動のボランティアまでかってでました。オバマ大統領の勝利宣言演説では、会場で涙を流しながら聞いている姿がテレビで放映されて以降、彼女は政治的発言や行動をほぼ全面的に封印してきた経緯があります。このウィンフリーさんが自ら「無党派層(independent)」であることを随所でアピールしながら、ハリス副大統領への支持を力強く訴えている姿は、しわ取り手術や白髪染めは当然しているだろうと思われるものの、とても70歳過ぎの女性には見えないエネルギーに溢れていました。

さらに、圧巻だったのはミシェル・オバマ元大統領夫人。2016年に、ヒラリー・クリントン民主党大統領候補(当時)の応援演説を党大会で行った時は「あっちがえげつないことしても、私たちは彼らのレベルまで落ちないようにしましょう(when they go low, we go high)」と訴えていた彼女ですが、今回は180度転換。演説を通じて、トランプ・バンスのペアが掲げる政策を徹底的に批判していました。

党大会を通じて面白いなと思ったのが、民主党サイドのトランプ批判のトーンの転換。どうも、ティム・ウォルツ副大統領候補がトランプ・バンスのコンビを「変なやつ(weird)」「気持ち悪い(creepy)」などとテレビのインタビューで形容したのがバズりまくったことに刺激を受けたのかもしれませんが、これまでのような「トランプは民主主義の敵だ!」といった大上段の批判は一切封印。その代わりに

「トランプは、昔の彼氏みたいなもんだ。この4年間、必死に国民との関係を修復しようとしてきて、今もあきらめてない。あんちゃん!アメリカ国民があんたと別れたのにはちゃんと理由があるんだよ!(Bro! There is a reason why American people broke up with you!)」(ハキーム・ジェフリーズ民主党上院院内総務)

「トランプのあの、集会に集まる聴衆のサイズへの執着って、よくわからないよね」(オバマ元大統領)

「トランプ大統領は強くなんかない。強がっているだけの弱虫だ」(アダム・キンジンガー元共和党下院議員)

など、一貫して「トランプって小さい人間」「だからこんな小さい人間は大統領にはふさわしくない」というトーンに急旋回したのです。

でも、どうやら、トランプ前大統領が、特にハリス副大統領の大統領候補指名受諾演説の間に出し続けた「トゥルー・ソーシャル」へのコメントを見る限りでは、こういうトーンの方が、彼にとっては気になる模様。その効果(?)か、トランプ前大統領の側近や、有力な共和党議員が「ハリスへの個人攻撃は封印して、政策で戦ってくれ」と懇願しているのですが、それには一切耳を貸さず、個人攻撃を全面展開しています。

暗殺未遂事件をかろうじて生き延びた直後は、「俺は変わった」と公言していたのに・・・

毎日毎日、目玉になる演説が続き、大いに盛り上がる中で迎えたウォルツ、ハリスそれぞれの指名受諾演説。演説の長さ自体は、ウォルツ州知事の副大統領候補指名受諾演説が16分ちょっと、ハリス副大統領の大統領候補指名受諾演説が38分そこそこ、と決して長いものではありませんでした。ですが、どちらも、演説としては「秀逸」と共和党系コンサルも事後に認めざるを得ないほどの出来だったようです。

ハリス副大統領の演説は、「女性の最高指揮官」が男性有権者の間の好感度を高めるためには欠かせない「強さ」と、その一方で女性としての「ソフト」な面、と硬軟が絶妙にバランス配分された内容。濃紺一色のパンツスーツとブラウスを着て登場したハリスは、国防問題や治安問題、検察官としての自分の心情を語る時の口調は力強く、声のトーンも決然とした歯切れのよいものもの、自分の生い立ちや、両親との思い出などを語る時には、一転して、声のトーンはソフトに、ユーモアや笑いを随所にちりばめていました。昔から「環境が人を作る」とは良く言われますが、4週間前の、おそらく副大統領候補指名受諾演説を書いていたあの頃頃の彼女とはもはや、放つオーラからして、別人となっていました。

ですが、ウォルツ州知事の演説は、彼女の数段上。演説時間は16分ちょっとと、ハリスの演説の半分以下の長さですが、翌日の事後評価では、民主党系、共和党系、どちらのコメンテーターも「傑作」と絶賛する出来栄え。何がそんな手放しの高評価につながったのかといえば、一言でいれば「ありのまま(authenticity)」。つまり、政治的スローガンの連呼などではなく、人としての自分の思うところ、考えるところを前面に打ち出した演説の内容が、非常に共感を呼ぶものだった、ということのようです。

また、党大会4日間を通じて発せられたメッセージは一貫して「民主党こそが、常識の範囲内の政策を目指している党」「民主党こそが、真の自由を目指す党」「民主党はトランプ再選を防ぐ愛国者の党」というもので、これまでのような環境問題、同性愛者問題といった、国内世論が真っ二つに割れているような問題で進歩的なアジェンダを追求している党である、というアイデンティティを完全に封印していたことです。このラインから大きく逸脱する発言をした人は誰一人としておらず、非常にコントロールが効いている党大会でした。

とはいえ、党大会はお祭りに過ぎません。ハリス・ウォルツ陣営に好意的な流れができているとはいえ、激戦州の世論調査は、「バイデン対トランプ」時代の「バイデン、水を開けられつつある」という状態からようやく、拮抗する状態に戻ったにすぎません。オバマ元大統領夫妻も、クリントン元大統領夫妻も、それ以外に応援演説に立った人も、みんなが口を揃えて訴えたのは、「今回の選挙戦は厳しい。だから死に物狂いでがんばるんだ」ということ。

そんな中、今後の最大の目玉は9月10日に実施される第1回大統領候補討論会。「トランプVSハリス」の初の直接対決になりますが、この討論会のパフォーマンスが選挙戦の流れを大きく左右することは間違いありません。普段は、討論会は翌日にダイジェスト版を見ればいいかなぁ、と思ってしまう私ですが、今回は生放送で見なくては!と今から決意を新たにしています。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員