外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2024年8月13日(火)

デュポン・サークル便り(8月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


6日に出したばかりの「デュポンサークルだより」。ですが、ちょうど最新号が出た日にアメリカでは、ハリス副大統領が、自分自身が大統領選挙を戦う上でのパートナーとなる副大統領候補を発表し、激戦州の一つペンシルベニア州フィラデルフィアで正式に自身の大統領選挙をスタートさせました。というわけで、本日の「デュポンサークル便り特別号」となります。先週、カリブ海沖を席捲していたハリケーン「デビ―」がゆっくり北上を続ける中、ワシントン近郊も不安定な天気が続いています。これを書いている今日(8月9日)は、なんと欧州ツアー中のテイラー・スウィフトさんのオーストリアでのコンサートが、テロの危険性を鑑みキャンセルされ、逮捕者が出たという物騒なニュースで朝から持ち切りです。日本の皆さん、暑い毎日をお過ごしと思いますが、お元気でしょうか。

というわけで、さっそくの本題です。8月19日からの党大会に先駆けて行われた選挙代理人によるバーチャル投票で、ハリス副大統領が新しく民主党大統領候補になることが8月3日(金)に確定しました。ですが、それを待たずしてバイデン大統領が大統領選撤退を発表、同じ演説の中でハリス副大統領支持を表明してからというもの、もはや「副大統領」というより「民主党大統領候補」という呼び方の方がふわさしい貫録をあっという間に漂わせるようになりました。そのハリス副大統領が、8月6日にフィラデルフィアで開催される選挙集会で自身の副大統領候補を発表する予定だ、という報道が出始めていました。さらに、8月4日(日)には週末にも拘わらず、ティム・ウォルツ・ミネソタ州知事、ジョシュ・シャピロ・ペンシルベニア州知事、マーク・ケリー上院議員(アリゾナ州選出)が副大統領邸で、今年の大統領選挙の副大統領候補としても「最終面接」をしているという報道があり、副大統領候補発表の問題とみられていました。

その副大統領候補ですが、アメリカ政治では「ランニング・メイト(選挙の相棒)」という呼び名で呼ばれることからも分かるように、大統領候補は通常、「自分にないものを補ってくれる要素を持つ人」を副大統領候補に選ぶのが一般的です。例えば、2008年大統領選挙では、ケネディ大統領以来の「若さ」を武器に瞬く間に予備選を勝ち抜いたオバマ氏は、当時の自分にない「政治経験」「国政に関する知見」を補う存在として、当時、既に民主党上院議員重鎮だったバイデン氏を副大統領候補に選びました。2020年大統領選挙では、当時既に70代後半という高齢だったバイデン氏は、自分にはない「若さ」、そして「女性」であり「有色人種」であるハリス上院議員(当時)を副大統領候補に選びました。このため、「女性」で「有色人種」であるハリス副大統領が自分の「ランニング・メート」として選ぶのは「白人」の「男性」が最適。さらに、ハリス副大統領自身が「リベラルの総本山」といっても過言ではないカリフォルニア州出身であることから、副大統領候補には、激戦州で有利に選挙戦を進めるため、強い党派性には背を向けがちな穏健派民主党支持層や無党派層だけでなく、絶滅危惧種になりかけてはいるものの、かろうじてまだ生き残っている穏健派共和党支持層にも、十分アピールできるような人物を選ぶだろう、というのが下馬評でした。選考過程の途中で候補者として名前が挙げられていたグレッチェン・ウィットマー・ミシガン州知事やロイ・クーパー・ノースカロライナ州知事が「今は、自分の州で民主党勝利に貢献すべく、努力する時期」と副大統領候補として検討されることを辞退するなどの経緯もありましたが、「最終面接」までたどり着いた3氏はいずれも「白人男性」でした。このこと自体が、下馬評がある程度正確だったことを示しています。特に、3人の中でもシャピロ・ペンシルベニア州知事は、過去20年近く、大統領選挙のたびに「激戦州」として焦点が当たるペンシルベニア州で大人気の州知事。ちなみに、シャピロ知事はユダヤ系ですが、トランプ陣営が民主党陣営に「親ハマス」というレッテルを貼ろうとしているのを跳ね返し、また「反イスラエル」の民主党内急進派リベラルにもきちんと対応できるという点でもシャピロ知事が最適、という見方が一般的でした。

ですが、蓋を開けてみると、ハリス副大統領が「ランニング・メート」に選んだのはティム・ウォルツ・ミネソタ州知事。これには驚いたメディアも多かったようで、事実、CNNを始め主要メディアのアンカーは、「ウォルツ知事、副大統領候補」の一報が流れた直後の関係者へのインタビューでは「民主党を『極左リベラル』」として位置づけようとしている共和党の選挙戦術にはまってしまう懸念はないか」という質問をしている様子すら散見されました。

しかも、ウォルツ州知事は、正直、全国的知名度は「ゼロ」。私も、6月にたまたまミネアポリスに出張する機会があったので、ミネアポリスの空港で「ミネソタ州へようこそ」の看板で名前をみたぐらい。この2週間ぐらいで、テレビのインタビューでトランプ前大統領とバンス副大統領候補を指して「気持ち悪い(creepy)」「変な奴(wierdo)」など、アメリカ人なら、人の悪口をいう時に一回ぐらい使ったことがあるワンフレーズで形容したことがネットでバズったことで「あぁ、このおじさんか」と再認識した程度。実は私も全然彼の経歴は知りませんでした。

ですが、彼の経歴を調べていくうちに、なぜハリス副大統領が彼を選んだのか、なんとなく見えてきました。何せ彼は、州知事に至るまでの道のりがバラエティーに富みすぎ。生まれはネブラスカ州ですが、育ちはミネソタ。若い時は夏休みには親戚の農場で働いたことも。キャリアの流れは「公立高校の社会科の先生→2004年大統領選でケリー民主党大統領候補のミネソタ州での選挙戦でのボランティアの経験に触発されて連邦下院議員出馬→下院議員として10年以上勤務→ミネソタ州知事に転身→現在、人気のある知事として2期目の任期を邁進中」というもの。さらに彼の場合、これに「狩猟、釣りなどのアウトドア大好き」「奥さんも公立学校の先生」「公立高校先生時代には、フットボール部のコーチとして高校のチームを州大会優勝に導く」、そして「陸軍下士官だった父親の影響を受けて17才で州陸軍に志願して入隊、下士官として23年間務め上げた」という軍歴もあります。また、彼が下院議員に出馬した選挙区は通常、共和党が強い選挙区で、下院議員選挙でも知事選でもウォルツ候補が最初に出馬した際に彼が追い落とした現職候補は共和党でした。当然、銃の所持者でもあり、下院議員時代に銃規制法案に署名するまでは、全米ライフル協会(NRA)から「A」認定を受けており、下院議員の中でも狙撃の腕は一番だったそう。

要はこのウォルツ知事、「中西部のどこにでもいそうな普通のオジサンが一念発起して政治の道を選んだらこうなった」を地で行く人なんです。政治家としては「カリフォルニア州出身」「『黒人のハーバード』ハワード大学卒後、UCバークレー法律大学院に進み、卒業後も検察官、カリフォルニア州検事総長、カリフォルニア州選出の連邦上院議員・・・と、両親とも移民の「移民2世」とは言え、一言でいうと「キラキラした」キャリアを歩んできたハリス副大統領とは真逆の存在です。ハリス副大統領のようなキャラをなんとなく敬遠してしまう有権者層でも、ウォルツ知事ならアピールできる可能性が高いということでしょう。

私が住んでいるバージニア州もそうですが、ペンシルベニア州やジョージア州など、いわゆる「激戦州」の全てに共通する特徴は、同じ州の中に真逆の文化圏が存在することです。州の中でも大学や企業が集まる大都市や、大都市均衡のベッドタウンになっているエリアは、いわゆる「意識高い」系の、リッチな共働き家庭が大半を占める、どちらかというと民主党寄りの地域です。バージニア州で言えば、私が住んでいる、ワシントンDCのベッドタウンでもあるバージニア北部や、南の方でも州政府や大学が集まるリッチモンド近郊、全米州立大学の中でも屈指の水準を誇るバージニア州立大学があるシャーロッツビル近郊などがそれに当たります。ですが、同じ州の中でもそのような文化圏をちょっと出ると、住んでいる人は白人が9割、「石を投げれば教会に当たる」ぐらいの密度で教会が立ち並び、レストランやバーも9時半過ぎにはほとんどが閉店する・・・というエリアは共和党寄り。このような異なる文化圏が市町村レベルで混在する激戦州で勝負するためには、どちらの文化圏にもアピールできるメッセージとメッセンジャー(政治家)が不可欠なのです。

前回の「デュポンサークルだより」では「FOXニュース担当」として奮闘するブティジェッチ運輸長官の姿を少しお伝えしましたが、ウォルツ州知事の副大統領候補指名はこのような「激戦州担当」に最適な人選だったのです。

そんなウォルツ知事のぼんやりしたイメージが、8月6日のフィラデルフィアでの選挙集会に副大統領候補に指名後初めて登場した「生ウォルツ」を見て、確信に変わりました。最後まで副大統領候補の座を争ったシャピロ・ペンシルベニア州知事の開会演説(実は、この演説も(良い意味で)すごかったのですが、彼はきっと民主党党大会でも登場すると思いますので、この点はまた別の機会に・・・)による紹介を受けて登場したウォルツ知事は、年齢的には60才とハリス副大統領と2歳しか違わないというのに、見た目はどうみても「小太りでハゲのオジサン」。正直、スーツにネクタイよりも田舎のバーで、よれよれのTシャツとジーンズでバドワイザーを飲みながらプロフットボールをテレビ観戦して大騒ぎしている方がしっくりくる感じの人物です。さらに見た目だけではなくて、言葉遣いも文字通り「普通のオジサン」。20分近く続いた演説の中では、会場の笑いを取りつつ、普通のオジサンが使う「ちょっと下品な言葉」を連発しながら共和党陣営を批判。それでいて、演説後に、ユーチューブで演説を聞きなおしてみると、ハリス副大統領のこれまでの業績もバッチリとアピールしています。

そんなフィラデルフィアの選挙集会では、超満員の会場が熱気に満ち、笑いと歓声にあふれ、「ポジティブ」なオーラに満ちていました。事前の実況中継では、どのメディアも「選挙集会でこんな雰囲気を感じたのは2008年のオバマ大統領の選挙集会以来だ」と口を揃えて報じていました。

激動の週間半を経て、民主党は「白人のおじいちゃん大統領」と「有色人種女性の副大統領」が再選を目指す、という「ありがち」だが「面白くない」パッケージから180度転換し、「有色人種女性の大統領候補」と「白人のオッサンの副大統領候補」という、歴史的な組み合わせで今年の大統領選挙に臨むようです。再来週の民主党大会が楽しみになってきました。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員