外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年7月16日(火)

デュポン・サークル便り(7月15日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊は、先週、すごい雨が降って、一日だけ涼しくなったと思ったら、再び、連日体感気温40℃に迫る日が続いています。日差しがあまりに強すぎて、プールにいくのにすらためらわれるほどです。例年よりも降雨量がはるかに少ないため、そろそろ私が住んでいるバージニア州でも、「節水のために芝生への水まきを控えてください」と呼びかける地域が出てきました。日本も梅雨真っ只中、大雨や洪水のニュースも入ってきますが、日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

さて、先週は、外交・安保両面でアメリカにとって長い長い1週間となりました。外交面では、もちろん、NATO創立75周年記念首脳会談が7月9~11日までワシントンで行われ、オーストラリア、韓国、日本、ニュージーランドのいわゆる「IP4」首脳やEU代表などを入れて計30か国以上の国・組織のトップがワシントンを訪問。会議会場となったワシントン・コンベンション・センターの周辺は、9~10日までは徒歩でも通り抜けができないほど厳重な警戒態勢が敷かれ、コンベンションセンターからホワイトハウスまでのエリアも、車両通行はほぼ完全に封鎖されました。地下鉄も、サミット期間中は一部の駅が閉鎖となり、ワシントン市内に通勤する意欲をなくした人は多数。秋の世銀・IMF総会の時期とほぼ同じような状態が生まれました。

今回のサミットでは、初めて首脳宣言の中で中国を「ロシアの対ウクライナ侵略をほう助している(enabler)」と明確に批判するなど、中国に対して非常に厳しいトーンが前面に打ち出されたことや、対ウクライナ支援継続に改めてNATO加盟国がコミットするなど、サブの面でも非常に濃い内容のものとなりましたが、それ以上に関心を集めたのはバイデン大統領の所作。6月27日にトランプ前大統領と行った討論会で大コケして以来、身内の民主党議員から「あなたじゃ選挙が戦えないから身を引いてくれ」コールが始まる中、TV討論会以降初の大舞台登場とあって、文字通り一挙手一投足にメディアの全関心が集中しました。

そんな中、バイデン大統領は、討論会の時と比べればかなり安定したパフォーマンスで、サミット後に行った単独記者会見でも、たまに言いよどむことはあるものの、基本的には落ち着いたやり取りでしたが、やはり、そこかしこで国の名前を言い間違えていました。それでも当初は、言い間違い直後にすぐに気づいて、ユーモアを交え何とか訂正、その場にいたNATO事務総長などの欧州首脳のフォローもあってことなきを得ました。ですが、ゼレンスキー・ウクライナ大統領を紹介する際に間違って「プーチン大統領」と言ってしまった時点では、「やっちまった感」が会場に漂いました。現在、バイデン大統領に「勇退」をはっきりと求める民主党下院議員は20名を超え、上院議員でも勇退を促す議員数がじわじわと増えている模様。本稿が掲載される米国時間15日(月)の夜に、CBSニュースと1時間に亘る単独インタビューが予定されているバイデン大統領ですが、どうなることやら。

ところが、7月13日(土)夕方に、バイデン大統領の進退問題を吹っ飛ばすようなメガトン級の大事件が起きてしまいました。ペンシルベニアの選挙集会で演説していたトランプ前大統領の暗殺未遂事件が発生したのです。トランプ前大統領が演説を始めて10分たったかどうか、という時、壇上から右側を向いたトランプ大統領が耳のあたりに手をやったかと思うとさっと身をかがませ、直後に複数の爆音が。今までこれだけの数がどこにいたのかと思うくらい、シークレット・サービス10人近くがあっというまに壇上に駆け上がり、トランプ前大統領の上に折り重なるようになって文字通り「体を張って」トランプ大統領を防護。事態が鎮静化するのを待ってトランプ前大統領を壇上から車にエスコート、耳の上のあたりを弾丸がかすり、かなり出血していたトランプ前大統領は、そのまま治療のため病院に急行。流れ弾にあたって集会に来ていた1人が亡くなり、2人が重傷を負うという、とんでもない事件が発生しました。

この事件を受けて、バイデン大統領は全ての選挙広告などを一旦、テレビやラジオから引き揚げました。そして休暇予定を変更して急遽ホワイトハウスに戻り、シークレット・サービスやFBIなどから報告を受けると共に、トランプ大統領と治療を担当した医師とも連絡を取るという決断をしました。13日の夜、休暇予定先からワシントンに戻る前に記者団の前に姿を現したバイデン大統領は「このような政治的暴力は、絶対に許されてはいけない。トランプ前大統領の集会は、平和的に行われるべきものだった。」と強く非難しました。トランプ前大統領とは犬猿の仲のナンシー・ペロシ前下院議長を始め民主党の名だたる議員も、そろって「トランプ前大統領が一刻も早く快復することを祈っています」という声明を発表。このような非常時には、やはりアメリカは一つにまとまるんだなぁ、と思わされました。

シークレット・サービスの動きの速さにも驚きましたら、それ以上に仰天したのは、トランプ前大統領の強靭なメンタルです。大統領在任中から常に、自分や家族の身の安全には、人一倍神経質だったと言われるトランプ前大統領。「見做し」大統領候補となってからは党大会を控え、シークレット・サービスによる警備も一段と強化されたばかり、その矢先に発生したのが今回の暗殺未遂事件です。少しずれていれば眉間を直撃していてもおかしくなかった弾丸が耳をかすめ、かなりの量の出血があった状態。自分自身、かなり動揺していたはずです。それにも拘わらず、シークレット・サービスに支えられながら壇上を降りる前には、自分のために集まってくれた会場の参加者の方を向いて力強くこぶしを振り上げ、「自分はこんなことには負けない」と自らの無事をアピール。それにこたえるように、会場の参加者の間から自然と「USA! USA!」という掛け声が起こり、それまでパニック状態だった会場の空気が一気に鎮静化したのです。

その場でシークレット・サービスの対狙撃手チームに射殺された犯人はトーマス・クルックスというまだ20才の若者。有権者登録には「共和党支持」として登録されていた、と報道では伝えられています。彼がトランプ前大統領を狙ったのは、演説会場直近の警備範囲のすぐ外側のビルの屋上から。彼が前大統領暗殺を思いつくに至った動機や、そんな建物が警備範囲の外側にあるにも拘わらず、なぜこのビルを事前に封鎖しておかなかったのかなど、警備上の問題点についてはこれから捜査が進むことになりますが、とにかく、長い長い1週間だった今週のワシントンでした。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員