キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2024年7月1日(月)
[ デュポン・サークル便り ]
早いものであっという間に7月になってしまいました。今年は独立記念日(7月4日)の休日が木曜日というウィークデーに当たるため、気の早い人は、既に今週末からバケーション入り。今年の独立記念日ホリデーは、過去最大の交通量が空路、陸路ともに見込まれるようです。そして、今週末は、ワシントン近郊は再び熱波に襲われています。週明けにはまた、暑さが落ち着くということですが、どうなることやら。日本の皆さんは夏バテなどしていらっしゃいませんでしょうか。
さて!6月27日(水)にCNN主催で行われた第1回大統領候補討論会。討論会前から「バイデンが選挙戦に勢いを取り戻すチャンス」というか、「ここで形勢逆転できなければ厳しい」という観測が流れるほど、バイデン陣営にとってはある意味「崖っぷち状態」で迎えた第1回大統領候補討論会。なんと、ここでまさかの悲劇が起きてしまったのです。
討論会前から、最大の焦点は、バイデン大統領が「高齢不安説」や「まだらボケ」説を吹き飛ばすような、今春の一般教書演説時に見せたようなエネルギー溢れる、キレッキレのパフォーマンスをトランプ前大統領とのガチンコ対決の場で視聴者に見せることができるかどうかがカギだと言われていました。このため、バイデン大統領は、6月21日からの週末、キャンプ・デービッドにこもり、ディベートに向けた特訓を重ねていました。そして、満を持した状態で討論会に臨む・・・はずだったのです。
ところが、蓋を開けてみると、バイデン大統領のパフォーマンスは「キレッキレ」とはほぼ真逆。ます、カメラ映りからして、スタジオでのメークがあったとはいえ、それなりに血色もよく、堂々としていたトランプ前大統領に対して、バイデン大統領は顔色が青白く、元気がなさそうで、一言でいうと「枯れたおじいちゃん」という印象。来年から4年間、再び大統領としての激務をこなせるかどうかが、見た目からして「?」な中で、討論会が開始されました。さらに、討論会開始直後から、言葉に詰まる、司会者の質問の意味を取り違える、政策問題についての基礎的なデータを間違える、極めつけは、「言語不明瞭、意味不明瞭」な発言を連発する・・など、改めてバイデン大統領の「お年寄り度」を印象付けてしまうようなミスを連発。本来なら民主党が得意なはずの妊娠中絶問題でもトランプ前大統領への追及は不発に終わり、トランプ前大統領が質問に回答している間は、口を半開きにして、視線が宙を泳いでいるような感じすらある表情でトランプ前大統領の発言を聞いている姿がカメラで大写しに。その姿は、率直にいって「まだらボケの高齢者」そのものだったのです。
このため、討論会開始から10分過ぎには、ネットには、匿名の民主党関係者の発言として、「見るに堪えない(hard to watch )」「痛々しい(painful)」「破壊的にだめだ(disastrous)」といったコメントが続々、報じられるようになり、「このまま、バイデンのパフォーマンスが良くならなければ、党大会はオープン・コンベンションだな」という民主党関係者のコメントまで報じられる始末。その後、バイデン大統領のパフォーマンスは改善されたとはいえ、90分間のほとんどはトランプ前大統領がバイデン大統領をひたすら攻めている印象だけが残った討論会になってしまったのです。事後、バイデン陣営からは、討論会数日前からバイデン大統領が風邪を患っていた、という発言が出てきましたが、後の祭り。討論会後に行われた世論調査では、「バイデン大統領は選挙活動を続けるべきではない」と考える有権者が4分の3近くに達する事態となってしまいました。
こんな予想外の展開となり、民主党はパニック状態。「誰がバイデン大統領に選挙戦撤退を促せるのか」という議論が真面目に行われています。とはいえ、当のバイデン陣営は、すくなくとも今のところ、「討論会後、合計2700万ドルも選挙資金を集めた。そのほとんどが一般有権者からの小口献金だ」など、強気の発言が続いていますし、オバマ元大統領をはじめ、民主党エスタブリッシュメントはほぼ一丸となってバイデン大統領を擁護しています。
ですが、ある世論調査専門会社が、討論会の前と後でそれぞれ、同じ有権者を対象に行った調査によれば、27日の討論会については「トランプ前大統領が勝った」という印象が、調査対象となった有権者の60%以上を占めました。また、討論会の前と後で、バイデン大統領に対する支持率が2パーセント近く減っている、というバイデン陣営にとって厳しい結果が出ているのはまぎれもない事実。唯一の救いは、バイデン大統領が失った有権者の支持の受け皿になっているのがトランプ前大統領ではないことですが、討論会に参加すら許されなかった「第3の候補」、ロバート・F・ケネディJr.の支持率微増に貢献してしまっている時点で、バイデン大統領のパフォーマンスがいかに悪かったかが分かります。
そんななか、改めて注目を集めているのが、これまで評判がイマイチなカマラ・ハリス副大統領。彼女は、大統領候補討論会直後に、CNNを始め各種メディアのインタビューに立て続けに生放送で出演、バイデン大統領の精彩を欠くパフォーマンスについて追及するメディアのインタビューに力強い反論を繰り返しました。特に、討論会終了後、最初のインタビューになったCNNのアンダーソン・クーバー氏とのやり取りでは、「6月のある一晩、たった90分の討論会で、過去3年半のバイデン大統領の実績を判断するのは間違っています」「私は、この3年半の実績を間近で見ているので、あなたと夜を徹して、さっきまでのたった1時間半(の討論会)についてディベートする気はありません」など、決め台詞を連発。こうした発言はその後も他メディアが繰り返し拡散しており、ハリス副大統領は2020年大統領選予備選の民主党候補者討論会で見せたような「キレの良さ」を印象付けました。この3年半、米・メキシコ間国境で爆発する不法移民大量流入問題など、すぐには解決策が見つからないような難しい課題ばかりあてがわれ、精彩を欠いていたハリス副大統領ですが、59才という若さや、『史上初の黒人系アジア系女性副大統領』という出自が、バイデン大統領を「ひいおじいちゃん」としてしか見られない若年層や有色人種の有権者層に対して持つアピール力を過小評価することはできません。「ハリス副大統領が有能で、いつでも(バイデン大統領の)代打として大統領の職務を遂行することができる、という安心感を有権者に与えられるかどうかに、バイデンの今後はかかっている」という論考まで出ているほどです。
「高齢不安説」を吹き飛ばすどころか、かえって不安を増大させることになってしまったバイデン大統領とは対照的に、トランプ前大統領は、相変わらず謀略説が「そこかしこに見え隠れする」ような事実関係の疑わしい主張を並べ立てて自分の立場を正当化する「トランプ節」は健在だったものの、事前にCNNとの間で達した合意に基づき、司会者に食って掛かったり、バイデン大統領の発言を遮ったりすることもなく、比較的抑制されたパフォーマンス。事前の期待値が低かっただけに、これが「案外まともだったじゃん」的なプラス評価に転じ、ある意味自爆してしまったバイデン大統領のおかげで「たなぼた」状態で「討論会圧勝」が転がり込んできました。
このため、討論会以降のトランプ陣営は勢いづく一方のようです。週末には、大統領選のたびに「激戦州」認定される州の一つであるバージニア州の首都、リッチモンドで開催された選挙集会で演説し、「バイデンはちゃんとした文章で話すことすらできない」など、やたらとバイデン大統領のパフォーマンスを小ばかにした発言を連発。「先日の討論会で負けたのはバイデンだけじゃない。民主党内の過激なリベラルの連中も負けたんだ」と高らかに宣言していました。早ければ今週中にも発表があると言われている副大統領候補の発表に、ますます関心が集まっています。
討論会終了直後の週末、バイデン大統領は再びキャンプ・デービッドにこもり、ジル夫人をはじめとする家族や、側近と、今後について議論していると言われています。最低でもトランプ前大統領とは「互角の勝負」をしなければならなかった討論会で大敗してしまったバイデン大統領。石にかじりついてでも選挙戦を続けるのか、それとも潔く後進に道を譲り、「名誉ある撤退」を今のうちに選択するのか・・・はたまた、ジル夫人がバイデン大統領に引導を渡す役割を果たすのか・・・今後の展開から目が離せなくなってきました。さて、どうなることやら・・・。
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員