外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年5月31日(金)

デュポン・サークル便り(5月31日)

[ デュポン・サークル便り ]


早いもので、もう6月を迎えようとしています。ワシントン近郊は、非公式な夏の始まりの「メモリアル・デー」の週末を終えた後も、寒暖の差が激しい毎日が続いています。ここ数日は、午後になると雲行きが怪しくなり、にわか雷雨になる日も多いため、ちょっと晴れ間がのぞいている時間が続くと、「今だ!」とばかりに芝刈りを始めるご家庭も多いです。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

さて!ドナルド・トランプ前大統領が2016年大統領選挙をきっかけにアメリカ政治の中央に躍り出て以来、「未曽有」「異次元」「前代未聞」「史上初(決して良い意味で使われた試しがないのがポイントです)」などという形容詞がすっかり使い古された感さえありますが、5月30日に、これら「未曽有」「前代未聞「異次元」「史上初」などなどの形容詞を全て網羅しても余りある事態が発生しました。2016年大統領選の直前に、当時の愛人に口止め料を支払った際に不正会計処理を行っていた疑いで、計34もの罪状でトランプ氏がニューヨーク州地裁に告訴され、この1か月は「前大統領が刑事事件の被告人」という空前の事態が生まれていたのは、日本でも報道されているところだと思います。この件について、ついに今日、陪審員が審理を終え、34全ての罪状についてトランプ前大統領は「有罪」との評決を下したのです。裁判官による量刑の言い渡しは7月11日に予定されていますが、この評決でトランプ前大統領には「刑事事件で有罪判決を受けた前大統領+現大統領選候補」という称号が新たに加わることになります。

この裁判、検察側の証人として証言台に立った最重要証人は多彩でした。既に偽証罪で有罪が決まり懲役3年の実刑判決を受け、今は刑期を終え出所しているマイケル・コーエン元トランプ前大統領弁護士や、愛人でポルノ女優のストーミー・ダニエルズさんなど、それぞれご本人の証人としての信用性に「?」がつきかねない人物ばかり。果たして12人の陪審員が証人の個人的なキャラや、検察・弁護双方から提示された証拠の数々から、事実関係をきちんと判断できるのか、が一つの焦点となっていました。というのも、トランプ前大統領の弁護団は、まさにこの点をついて、マイケル・コーエン氏がいかに信用ならない人間か、そのような信用ならない人物の証言がいかに当てにならないか、に焦点を当てる法廷戦術に出たからです。

ですが、蓋を開けてみると、陪審員は34件全ての罪状について全員一致で「有罪」という判断。罪状がこれだけあると、一部は有罪でも、他に無罪の判断が出る罪状もあるだろうとの予想もあったので、全ての罪状で「有罪」のコンセンサスが出たことは、メディアでも大きな驚きを以って受け止められました。

当然、評決が出た30日の午後以降、各メディアはてんやわんやの大騒動。中でもCNNの動きは抜群で、有罪評決が出た数時間後には、既に、満面の笑みで質問に答えるマイケル・コーエン元トランプ前大統領弁護士の姿がテレビに映っていました。現在は、量刑判決の際にトランプ前大統領に懲役刑が言い渡されるか否かが最大の焦点となっており、ウォーターゲート事件の検察団の一人だった元検事や、マイケル・コーエン氏の元個人弁護士、元ニューヨーク州検察官などの間で喧々諤々の議論が続いています。

また、大統領選との関係では、今回の有罪評決がトランプ前大統領の支持率にどんな影響を与えるか、もかなり重要になってきます。というのも、つい先日、バイデン大統領が支持率でトランプ前大統領に5ポイント近く差をつけられているという4月末の世論調査の結果が報道されたばかりで、バイデン陣営の苦戦が伝えられていました。過去の世論調査では、「トランプに投票する」と答えた人の中で、「トランプが有罪判決を受ければ、自分の投票行動に影響する」と答えた人がかなりの数いるという結果が出ています。ということは、30日の有罪評決の結果、トランプ前大統領の支持率に悪影響が出る可能性が十分にあるということ。ただでさえ接戦が伝えられる後期高齢者同士のリベンジマッチ、今後の大統領選の展開にどのような影響が出るか、注目していく必要がありそうです。

既にトランプ陣営は全面対決の構えを見せています。ですが、トランプ前大統領はジョージア州などニューヨーク以外の州でも別の刑事訴訟に出廷する必要があるので、量刑判決は本来、もう少し早めに出るとも予想されましたが、トランプ前大統領の弁護団からの要請で、結局7月11日までずれこむことになってしまいました。奇しくもこの日はウィスコンシン州で共和党大会が開催されるわずか3日前。7月11日の量刑判決の結果、トランプ前大統領が一時的にせよ「収監」されるような事態となれば、共和党大会で大統領候補として指名を受けるトランプ前大統領が党大会に出席できなくなります。万一そうなれば、主役の大統領候補が姿をみせないまま、共和党大会が幕を上げ、幕を下ろすという事態も十分考えられます。

さて、これからトランプ前大統領、どのような策を打って出るのでしょうか・・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員