外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年3月11日(月)

デュポン・サークル便り(3月11日)

[ デュポン・サークル便り ]


13年前の今日、東日本大震災が起きました。ワシントン近郊の自宅で朝起きて、テレビをつけたときに目に飛び込んできた映像は今でも忘れることができません。実家に電話がなかなかつながらなくて、泣きそうになりながら電話をかけ続けたこと、ようやく電話がつながり、両親と話して電話を切ったあと、ホッとして大泣きしたこと、友人の自衛官の多くが震災に対応するため現地に派遣され、「今、仙台に向かってるんだ」「トモダチ作戦のリエゾンで横田基地に来てます」などのテキストメッセージが携帯に次々と入ってきたことなどを、つい昨日のことのように覚えています。日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

先週のアメリカ内政は、3月5日のスーパー・チューズデーと7日の一般教書演説と、本当に盛沢山でした。日本でも既に報道されていますが、スーパー・チューズデーではトランプ前大統領が圧勝。最後の最後まで踏ん張っていたニッキー・ヘイリー元国連大使もついに6日、大統領選撤退を表明。これで11月の大統領選挙は「バイデン対トランプ」という後期高齢者同士のリベンジマッチになることが確定しました。

ヘイリー元国連大使の選挙戦撤退演説は実に淡々としたものでした。が!通常、このような演説では、大統領選から撤退する候補が、自党の他候補に対する支持を表明、自分の支持者に対しても他候補を支持するように促すものなのですが、ヘイリー元国連大使の場合、それは一切なし。それどころか、「私を支持してくれた人たちを含めて、彼を支持していない有権者の票を獲得できるかどうかは、ドナルド・トランプ次第です」と言い放ち、トランプ前大統領への支持も表明しないまま、演説会場を後にしました。

ヘイリー元国連大使がこれだけ強気に出るのはちゃんと理由があります。実は、コッチ兄弟など、共和党の選挙屋の間で知られる保守系財閥の支持を得ていたのは、トランプ前大統領ではなく、ヘイリー元国連大使だったからです。また、イーロン・マスク氏など、既に今年の大統領選では、どちらの候補にも寄付しない!という宣言をしている富豪や、「大統領選挙じゃなくて、議会選挙の方に寄付するかな」とつぶやいている保守系の富豪も多数。2月の時点でバイデン陣営に選挙資金では大きく後れを取っているトランプ陣営としては、彼らからの資金援助をなんとしても得たいところ。ですが、ヘイリー元国連大使が「トランプ支持」を表明しない現状では、彼らの支持を得るために一から頑張らなければなりません。

さらに、選挙結果をよく見ると、ヘイリー元国連大使は、これまで予備選が行われた多くの州で20~40%の票を獲得しています。しかも、その支持票のほとんどは無党派層か穏健派共和党支持層。つまり、ヘイリー元国連大使に予備選で投票したこの人たちが、11月の大統領選挙で

  1. バイデン大統領に投票
  2. 投票用紙で大統領選の部分は空欄のまま、議会選挙のみ投票
  3. 投票に行かない

の選択をしてしまうと、トランプ前大統領がバイデン大統領に勝てなくなる可能性もあるのです。当のトランプ前大統領は、大統領選撤退表明直前のヘイリー元国連大使に対して「ニッキー・ヘイリーを踏みつぶしてやったぜ!」という心無いツイートをしていましたが、トランプの選挙陣営で本選挙の票読みをしている人たちは気が気ではないでしょう。

また、「バイデン対トランプ」リベンジマッチが確定した2日後に行われた一般教書演説でバイデン大統領は、あたかも下院本会議場が大型選挙集会所であるかのような演説を行い、選挙戦が本格的に始動したことを感じさせました。御年81才、自分の努力でどもりを克服したバイデン大統領。一般居所演説中に言葉に詰まる場面も何度かあり、正直、「頑張るおじいちゃん」オーラ全開ではありましたが、その舌鋒はこれまでになく鋭いものでした。トランプ前大統領を名指ししないまでも「私の前任者」という言い方で何度となく直球の批判を投げつけ、議場でヤジを飛ばす共和党議員に対しても「あ、そう?法案、ちゃんと読んで反対した?英語、読めるよね?読めるはずだよね?」と挑発的に反論。さらに、「これだけ長く生きていればこそ、はっきり見えてきたものがあります」と、「高齢=経験豊富」をアピールする戦術に出て、「ピンチをチャンスに」変えようとする意欲がにじみ出た、渾身の演説を1時間半近くに亘って繰り広げました。

ですが、正直、「浮世離れ」感は否めません。「インフレ率が9%から3%に下がった!」と主張されても、普通の有権者にとっては、3年前は2ドルそこそこで買えていたバターが3ドル50セントもする日常が現実です。また、「凶悪犯罪件数が減った!」と言われても、ワシントンDC近郊では毎日のように、ドラッグストアで大量窃盗があった、カージャックで子供が命を落とした、ギャング同士の銃撃戦のトバッチリを受け無関係の人が流れ弾に当たって亡くなった・・・などのニュースが後を絶ちません。そんな状況で「凶悪犯罪件数は減っている」と言われても、普通の人にとっては「ふーーーん」という反応しかできないでしょう。

大荒れだった先週のアメリカ内政、今週は12日に実施されるジョージア州予備選のため、トランプ前大統領とバイデン大統領がそれぞれジョージア入りして空中戦が行われる予定です。また、トランプ前大統領には、民事・刑事合わせて合計90件近くある訴訟という暗雲も付きまといます。アメリカ内政、いよいよ「政治の季節」に本格的に突入です。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員