外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年3月1日(金)

デュポン・サークル便り(3月1日)

[ デュポン・サークル便り ]


今日は3月1日。今週の日曜日はひな祭りですね。我が家は息子しかいないので、もはや全く無縁となってしまった季節行事ではありますが、この時期になると、「お雛様は3日がすぎたら早く片付けないと、女の子は良いご縁になかなか恵まれないから」と、せっせと実家の母がお雛様を出し入れしていたのを思い出します。日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ワシントンは、今週は、再び「連邦政府一時閉鎖」祭り。ほとんど2か月に1回の頻度でやってくるこの「連邦政府閉鎖」をめぐる騒動、政府とは無関係のシンクタンク勤務の私みたいな人間にとっては

 「来週の会議でパネリストやってくれることになってた〇〇省のあの人が無理になるから、代わり探さないと」

 「更新申し込んだパスポートが戻ってくるのが遅れるんだな」

 「週末、スミソニアン博物館に行こうと思ってたけど、閉まっちゃうから行けないな」

 「空港の金属探知機の列が長くなるなぁ」

程度の悩みで済みますが、連邦政府職員・軍人の皆さん、そして政府の活動を指させる無数の政府契約受注業者の契約社員の皆さんにとっては、生活がかかる大問題。しかも、アメリカの連邦政府の場合、軍や連邦政府を退官後もセキュリティ・クリアランスを維持している人を契約社員として再雇用し「情報分析官」として使ったり、政府幹部職のいわゆる「付」的な役割の事務職を全て民間企業にアウトソーシングしたりするので、連邦政府がほんの数日でも閉鎖になると、生活が直撃される人の数が半端ではありません。

これを書いている時点では、なんとか今週の連邦政府一部閉鎖騒動は回避され、その代わり、38日までを期限に連邦政府12省庁のうち6省庁の本予算を可決、322日までに残りの6省庁の予算を可決することについて議会の関係者の間で合意が成立した、というのが現状のようです。ローカルラジオ局では、もはや毎年、お約束のように発生するこの「連邦政府閉鎖祭り」に「Countdown to Shutdown (閉鎖までのカウントダウン)」というコピー文句までついています。

このような現象が連邦政府の予算プロセスとして不健全なのは当然で、特に、連邦政府閉鎖に直撃される有権者を多く抱えるメリーランド、バージニア、ワシントンDCの連邦議会議員にとっては大きな悩みの種。このため、ついに、バージニア州選出のマーク・ワーナー上院議員(元バージニア州知事でもあります)は業を煮やして「馬鹿さ加減も大概にしよう法案(Stop the Stupidity Bill)」という名の法案を提出しようと試みているようです。昨日、ローカルラジオ局のインタビューに答えてご本人が説明するところによると、「議員が、予算審議が自分たちの生活に直結しないから他人事のように、連邦政府一時閉鎖を交渉の道具に使うんだ」という発想のもと、この法案は「予算審議が頓挫して連邦政府が閉鎖になっても、軍人・政府職員・関連契約業者社員の給与は継続支払い。その財源は連邦議会議員全員とそのスタッフの給与、および大統領・副大統領及びホワイトハウスのスタッフの給与でまかなう」という趣旨なんだそうです。ワーナー議員曰く、「有権者からは90%以上の支持を得てるんだけどね」というこの法案、やはり、同僚議員の支持が得られないようですが・・・

連邦政府閉鎖のニュースにまでワシントンが不感症になるなか、2月28日(木)には大きなニュースが二つ飛び込んできました。一つは、トランプ前大統領が「大統領は在任中言動については免責」を主張し、連邦最高裁に判断を求めているケースについて、連邦最高裁が「審理を行う」という決定をしたことです。この決定を受けて、最高裁での陳述は4月末に設定される見込みで、6月に判断が下される公算が大きくなりました。

これは実は、トランプ前大統領陣営にとっては大きな朗報。以前の「デュポンサークルだより」でもお伝えしたとおり、「免責」の主張が認められない場合、2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件を教唆した疑いでトランプ前大統領がワシントンDC地裁で刑事起訴されている裁判が開始されることになり、そうなるとトランプ前大統領が選挙活動を継続することが実質的に不可能になります。ですが、トランプ前大統領の大統領在任中の言動が「免責の対象になるかどうか」という判断が連邦最高裁の審議待ちになれば、ワシントンDC地裁での裁判も開始できないため、トランプ前大統領はその間ずっと、選挙活動に邁進することができます。さらに、最高裁が最終的に「免責は認められない」という判断をしたとしても、そのころには既に6月。党大会まであとわずか、という状態です。でも、そのころには、ほぼ、共和党候補者の座を手中に収めている公算が高い。となれば、そんなトランプ前大統領が被告の裁判を、6月の時点からワシントンDCで行う、ということに万一なれば、その裁判自体が大きなハレーションを起こすのは必至です。

続いて、もう一つのニュースは、ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務が、年末を以って院内総務職から引退すると表明したことです。議事進行の全てが基本的に「満場一致」で決められる上院では、公聴会の日程や、どの法案をどの時点で本会議審議にかけるかなどのスケジュールまで、民主、共和両党の細かい打ち合わせが不可欠です。このため、両党の議員から変な「造反」が出ないように取りまとめを図る「院内総務」という役職は政治的影響力が絶大の重要なポジション。日本との関係では、マンスフィールド元駐日大使やハワード・ベーカー元駐日大使など、この職務を経験した方が駐日アメリカ大使として赴任することもあるため、「駐日大使の座は政治的に影響力がある人がつくポスト」という評判が定着しています。

ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務は、1984年にケンタッキー州から上院議員に選出されて以来、上院議員として再選を続けている上院の大ベテラン。2007年以降、上院共和党の指導部の一角を占め続けた同議員は、アメリカ政治の中で政党指導者として最長のキャリアを誇ります。1993年に、中国系のエレイン・チャオ元運輸長官・元労働長官と再婚しており、トランプ前大統領がアジア系蔑視発言を行う度に怒り心頭だったと言われます。そんな事情もあり、トランプ前大統領との個人的関係は最悪で、トランプ前政権末期の二人は「没交渉」状態となっていました。

昨年来、転倒して頭を強打、そのあと、メディアからの取材を受けている最中に言葉が詰まってフリーズしてしまうなど、加齢による健康不安説がささやかれていたマコーネル院内総務。先週の2月20日に82才のお誕生日を迎えたばかりの彼が、第一線からの引退を表明したことで、御年81才で再選を目指すバイデン大統領の年齢に焦点が再び当たるのは間違いありません。

また、マコーネル院内総務は、今や議会内で絶滅危惧種となりつつある、「ギリギリまで交渉は続けるが、国のために重要な問題をめぐる法案であれば妥協することを厭わない」数少ない共和党議員の1人でした。彼のような議員がまた1人、政治の第一線から身を引く決断をしたことで、アメリカ内政の2極化と共和党の「トランプ礼賛政党」化をますます進めることになると危惧する声は少なくありません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員