外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2024年2月26日(月)

デュポン・サークル便り(2月26日)

[ デュポン・サークル便り ]


2月24日に行われたサウスカロライナ州の大統領予備選挙では、共和党側は、事前予想どおり、ドナルド・トランプ前大統領が大差で、党内で唯一残る対抗馬のニッキー・ヘイリー元国連大使に(元サウスカロライナ州知事でもあります)に勝利しました。この結果を受けて、ヘイリー元大使に対して「さっさと予備選から撤退しろ」という圧力が高まるのは必須ですが、ヘイリー元大使は既に、先月のニューハンプシャー州予備選後のメディアとのインタビューで、「スーパーチューズデー(3月5日)までは何があっても戦う」と明言しています。有力対抗馬とされていたデサントス・フロリダ州知事が、アイオワ州党員集会のあと、「まだまだ頑張るぞ!」という雰囲気ムンムンの記者会見を行った翌日にさっさと撤退したのとは対照的に、サウスカロライナ州予備選では投票前から負けが確実視されていたにも拘わらず、ヘイリー元大使は、選挙運動に使う移動用の大型バスを新調するなど、戦う気マンマン。

そこで本稿では、「ヘイリー元大使は、3戦3敗でもなぜ、予備選を撤退しないのか?」について考えてみたいと思います。

まず、事実から見ていきましょう。現時点で予備選挙を終えているのは、アイオワ、ニューハンプシャー、ネバダ、サウスカロライナの4州。この全ての州でトランプ前大統領が勝利しているのは紛れもない事実です。ですが、選挙結果を見ていくと、例えば、「トランプ大勝」と報じられたアイオワ州党員集会でも、ニューハンプシャー州予備選でも、トランプ前大統領の得票率は50%そこそこ。24日のサウスカロライナ州予備選でも、投票前は「30ポイント以上の大差でリード」と報じられていました。それにも拘わらず、蓋を開けてみると、非共和党系有権者の参加が認められているとはいえ、事前の予測より10ポイント近くヘイリー元大使が差を縮め、トランプ前大統領の得票率は60%弱、対するヘイリー元大使の得票率は40%弱。特に、サウスカロライナ州予備選の数字は、現職知事や、上下両院の議員を始め、サウスカロライナ州の主な共和党関係者が全てトランプ前大統領を支持、大統領選から撤退した他の候補も軒並みトランプ前大統領支持を表明している状態で行われた予備選挙であるにも拘わらず、同州内の共和党支持層の40%近くが、ヘイリー元大使に一票を投じていることになります。つまり、「圧倒的勝利」と伝えられるトランプ前大統領ですが、実際の投票結果を見ると、「前大統領」という「ほとんど現職」のステータスの候補である彼が共和党内から本当に圧倒的支持を得ているのか、と言われると「?」な状態なのです。

この現状を指して、トランプ前政権時代にホワイトハウスでコミュニケーション担当部長を務めていたファラー・グリフィン女史は「共和党内で(トランプ前大統領が)マンデートを得たとは言い難い」「トランプ陣営にとっても共和党にとっても、11月の大統領選挙で勝利を目指すのであれば、これは火災報知器でいえば危険度5(five-alarm fire)」などと警鐘を鳴らしています。

「スーパーチューズデーが終わるまでは絶対にやめない」と断言するヘイリー元大使自身も、予備選で一度も勝てていないという厳しい状況でも選挙戦を続ける理由として「全米の共和党支持層が、大統領候補として誰を望むかという点について、きちんとした選択肢を持つべきだ」と主張しています。つまり「予備選を戦い抜ける可能性が低いのは分かっているけど、きちんとした対抗馬がいる状況で予備選は行われるべきだから、自分は選挙活動を止めない」と主張しているわけです。

第2の理由は、共和党内の力学と、無党派層を含めた全米全ての有権者の間で、意識に乖離があることをヘイリー元大使は十分に気づいており、この点は、有権者に「なぜ、トランプではなく自分の方が適しているのか」を主張する際の材料として使える可能性が高いというもの。例えば、バイデン大統領及びトランプ前大統領両者が、共に「後期高齢者」であることに、最近、再び有権者の関心が高くなってきています。全米の世論調査を見ると、共和党支持層、民主党支持層に限らず、世論調査対象となった一般有権者の内60%以上が、「トランプ前大統領やバイデン大統領は大統領選挙に出馬するには年を取りすぎている」と考えている、という結果が出ている旨ロイター電が報じました。また、この世論調査では、「前に聞いたことがあるような人」同士の大統領選挙を見届けるのは気が進まない、と答えている人も過半数を占めています。このような状況を見てヘイリー元大使は「年寄りのリベンジマッチを有権者は望んでいない」など、バイデン、トランプ両氏のどちらも「大統領職を全うするには高齢すぎる」という点を選挙活動の焦点にしています。

そして第3の理由が、ワシントン連邦地裁で行われる可能性が出てきた前トランプ大統領を相手取った刑事訴訟。全米のいくつかの州で刑事・民事両方の罪状で起訴されているトランプ前大統領。これまで、各地で行われてきた証人喚問では、そのほとんどで弁護士が代理人として出廷していました。ですが、DC連邦地裁で、2021年1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件を教唆した点を起訴状のメインに据えた刑事訴訟の公判だけは話が別。大陪審による審議の結果、刑事告訴されたこの件に関する公判だけは、公判日には、被告人であるトランプ前大統領は、かならず出廷しなければなりません。つまり、夏の党大会、党大会以降、選挙活動が佳境を迎える秋に、この件についてワシントンDCの連邦地裁で公判が開始されると、トランプ前大統領の選挙活動は、この公判スケジュールの影響を大きく受けてしまいます。これまでトランプ大統領は、満員の選挙集会会場で、演説を行う様子をメディアで拡散することで、支持層の拡大を図ってきていますが、公判日の出廷が必須になってしまうと、メディアを賑わせるのは、選挙演説でバイデン政権批判を行って喝采を浴びるトランプ前大統領ではなく、刑事事件の公判に出廷するトランプ前大統領の映像になります。つまり、トランプ前大統領が大統領選から撤退する可能性は、まだゼロではないというのです。そして党大会でトランプ前大統領が正式に共和党大統領候補として選ばれる前に、トランプ前大統領が選挙活動を停止する、という判断を下した場合、選挙活動を続けている唯一の対抗馬だったヘイリー元大使が共和党大統領候補に選ばれることになります。つまり、「棚ぼた」状態ではありますが、ヘイリー元大使が共和党候補になる可能性は、まだ完全にゼロではないのです。

このような理由から、ヘイリー元大使は、石にかじりついてでも、スーパーチューズデーまでは選挙戦を継続するのでしょう。もちろん、彼女が予備選から撤退しないことで、トランプ陣営としては、本来、バイデン大統領批判に100%使いたいテレビ広告などの広報のための予算が、トランプ前大統領自身の法的責任について戦うための法定費用に消えて行ってしまうということは、トランプ前大統領にとっては「単なる嫌がらせ」としか思えないかもしれませんが・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員