外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年2月13日(火)

デュポン・サークル便り(2月12日)

[ デュポン・サークル便り ]


昨日の2月11日は、全米最大のプロスポーツイベントのスーパーボウル。カンザスシティ・チーフスとサンフランシスコ・49ersが4年ぶりに対戦した今回の対決は、前半終了の時点でサンフランシスコが10-0のリードで折り返したものの、後半に入りカンザスシティが猛追。延長戦にまでもつれ込んだ白熱の試合は、カンザスシティが最後の最後でタッチダウンを決め、3点差という僅差で逆転勝ちという劇的な結果となりました。特に今年のスーパーボウルは、カンザスシティ・チーフスのトラビス・ケルシー選手のガールフレンドである人気歌手のテイラー・スウィフトさんが、なんと前の日の東京公演を終えた後プライベートジェットで駆け付けたことが大きな話題に。「テイラーはトラビスの試合に間に合うのか?」が試合前の最大の話題で、在アメリカ日本大使館が「17時間の時差を考えると、スウィフトさんは、東京での公演終了後、すぐに日本を出発すれば、スーパーボウルには余裕で間に合います」という声明を発表。スウィフトさんの歌の曲名やカンザスシティ・チーフスのユニフォームの色などに言及したユーモア満載の声明は、あまりのセンスの良さにSNSで「これ、本物?」と話題になっていました。日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

先週の「デュポンサークル便り」を書いていた時は、今週1本目は移民対策問題関連法案をめぐる議会のドタバタを取り上げるつもりだったのですが、さすが大統領選の年、先週の終わりに、今度は、バイデン大統領の機密文書保有問題関連でとんでもないニュースが飛び込んできました。2022年11月の中間選挙の約1週間前に、バイデン大統領が、先のオバマ政権で副大統領として執務していた際に保有していた機密文書の一部を、オバマ政権が終わり、一市民となった後も引き続き保有していた事件です。2023年にメリック・ガーランド司法長官に任命されたロバート・ハー特別検察官率いるチームが、バイデン大統領を刑事起訴すべきかどうかを捜査していたのですが、その捜査報告書が2月8日に公表されたのです。この報告書では、捜査の結果、「バイデン大統領は、公職を離れた後も故意に機密文書を保有していた」という判断に至ったとしつつも、「様々な理由を考慮すると、バイデン大統領を刑事訴追するには当たらない」と結論づけています。問題は、その結論に至った理由の一つにバイデン氏の「加齢による記憶力の低下」を挙げていたことでした。

ご存じのとおり、バイデン大統領は現在、御年80才。今年77才のトランプ前大統領が共和党大統領候補になった場合、4年前の大統領選に続き、「後期高齢者対決リベンジマッチ」となります。ですが、バイデン大統領は去年から今年にかけて、空軍大学校の卒業式で演説するために壇上に上がった際に転倒したり、記者会見の際に外国の指導者の名前を間違えたり、咄嗟に名前が思い出せなかったりするアクシデントが続き、「バイデン、ボケてきた?」と囁かれるようになって来ていました。1月のアイオワ州共和党党員集会の数日後に行われた世論調査では、調査対象となった有権者のうち、約60%が「バイデンvsトランプ」のリベンジマッチを望んでいないという結果も出る中で、バイデン政権はここのところ、バイデン大統領の「高齢不安説」を打ち消すために躍起になっていました。今回の特別検察官による報告書はそんなバイデン陣営の努力に冷や水を浴びせることになったわけです。

2月23日のサウスカロライナ州予備選が迫る中、トランプ前大統領に大きく後れを取っていると言われるニッキー・ヘイリー元国連大使は、さっそくこの特別検察官最終報告に飛びつき、「高齢者同士が戦う大統領選挙を有権者は望んでいません!」としてバイデン大統領とトランプ前大統領の両者を批判。指導者の世代交代の必要性を改めて有権者に訴えています。

トランプ前大統領も、今回の特別検察官が、バイデン大統領は刑事訴追する必要はない、と結論づけたことに「ダブルスタンダードだ」と猛反発。でもトランプ氏は、この捜査を率いたハー特別検察官がトランプ政権時にメリーランド州を管轄にする連邦検察官に自ら任命した人物であることをすっかり忘れているようです。。。それでもトランプ氏はバイデン大統領の年齢を批判すると、ブーメランのように批判が自分に返ってくることは自覚しているようで、今のところ、バイデン大統領の年齢を取り上げた「トランプ節」は封印しています。

その一方で、トランプ前大統領は、ヘイリー元国連大使への批判はますますエスカレート。つい先日も、選挙集会で「ヘイリーの旦那はどこだ?全然見かけないじゃないか!負け戦なのを分かっていてとんずらしたんだ!」と叩きまくりました。ですが、実際、ヘイリー元大使のご主人は、サウスカロライナ州軍の一員として、アフガニスタンに1年間駐留中。ヘイリー元大使は「ドナルド、私に言いたいことがあるなら、私のいないところでコソコソ言っていないで直接、討論会の場で私に言いなさいよ」と真っ向から挑戦。「軍人が我々のために払っている犠牲を軽んじる人間は、運転免許証を取る資格もないし、ましてや大統領になる資格なんてありません!」とますますトランプ前大統領への批判のボルテージを上げています。でも、今のところ、サイスカロライナ州予備選でのトランプ前大統領の圧倒的優位は揺るいでいないようですが・・・。

当然ですが、バイデン大統領側は、この報告書の内容に猛反発。バイデン大統領自ら記者会見を開き、「私の記憶力は正常だ」と反論し、報告書の中の「バイデン氏は、ご子息がいつ亡くなったのかも覚えていないようだった」という記述に対しては「よく、こんなことが書けるものだ。お前になんか、関係ない」と記者会見の席上でブチ切れていました。ですが、「俺の記憶力は問題ない」を証明するための開いた記者会見の中で、バイデン大統領はエジプトのシーシー大統領を「メキシコ大統領」と呼んでしまう痛恨のミス。バイデン陣営は、「バイデン大統領の記憶力問題」の火消しに、当分の間エネルギーを費やさなければいけない雰囲気です。

そんな中、今、一部の民主党支持者の間で「ミシェル・オバマ元大統領夫人が大統領選挙に出馬する」という噂がまことしやかに広がっているという話も。これについては、オバマ元大統領の側近中の側近のデイビッド・アクセルロッド氏が「ミシェルは政治がもともと好きじゃない。オバマ大統領が連邦上院議員選に出馬した時なんて、選挙期間中、選挙集会に出たのは1,2回だった。彼女が大統領選に出る確立なんて、僕がボリショイ・バレエ団に採用される確率と同じぐらい低いよ」と否定していますが、「バイデン大統領じゃなんだかねぇ」という民主党支持層の生ぬるい視線を窺わせるエピソードです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員