外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2024年2月9日(金)

デュポン・サークル便り(2月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


今週も、ワシントン近郊の気温は、ジェットコースター。週明けは朝の気温は氷点下、日中最高気温も摂氏では一桁台の寒さが続いていましたが、なんと週末までには最高気温は18℃近くまで上がる見込み。ですが、週明けには再び気温が下がるのだとか。東京はこの数日、雪模様だったようですが、日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

先週から今週にかけてのアメリカ政治の大きな話題は、大統領選関連が2つと移民対策問題が1つ。どちらもトランプ前大統領が絡んでおり、彼の影響力の大きさを感じさせますが、今回の「デュポンサークル便り」では、大統領選関連のものについてだけレポートして、移民対策問題関連については次回に譲りたいと思います。

こちらの話題で最大のニュースは2月6日に連邦控訴審が、202116日連邦議事堂襲撃事件に直接関与していた疑いでトランプ前大統領が刑事起訴されている案件について、重要な判決を下したことです。実はこの件、34日にワシントンDCの連邦地裁で第1審が予定されていたのですが、トランプ前大統領側が連邦控訴審に「大統領在職中の行為は刑事起訴の対象にならない(だから連邦地裁の公判の被告にはなり得ない)」と申し立てたことを受け、無期延期となっていました。

既にコロラド州地裁は、トランプ前大統領が件の事件に関与していた疑いに基づき、「合衆国に対する反乱に関与したものは、上下両院の3分の2の賛成がある場合を除きいかなる公職にもついてはならない」とする合衆国憲法修正第14条項に基づき、トランプ前大統の名前を今年11月の大統領選挙の投票用紙に載せることを禁じる判決を下しました。この判決についてトランプ前大統領側は連邦最高裁に判断をゆだねたため、8日(木)(日本時間8日深夜~9日にかけての時間帯)に連邦最高裁で陳述が行われました。2時間を超える陳述中、最高裁判事と、原告(コロラド州)側、被告(トランプ前大統領)側との間でそれぞれ緊張感のあるやり取りが行われました。最高裁が最終判断を下す時期については予断を許しません。が、コロラド州と同じような趣旨の訴訟が、州在住の有権者によって起こされている州は合計で35州もあり、万が一、今回のケースで連邦最高裁が、コロラド州最高裁によって下された判決が「合憲」という判断を下した場合、その時点でトランプ前大統領は、事実上、選挙活動に終止符を打たざるを得なくなります。そのため、最高裁がどのような判断をするかはとても重要です。

ですが、この案件、時期があまりにも大統領選挙に近く、しかもよりによって、被告はトランプ前大統領。この案件に何らかのはっきりとした判断を下さなければ、トランプ前大統領が今後も選挙活動を続けていけるのかどうかが分からなくなります。一方で、最高裁による判断が、保守系判事とリベラル系判事の意見の違いが露呈すれば、現在の最高裁が、共和党政権期に指名された保守系判事が過半数を占めている現状を鑑みれば、「トランプ前大統領の意向を忖度した」という批判が噴出するのは必至です。ただでさえ20226月に、連邦政府レベルで女性が妊娠中絶手術を受けることが保障されているとした判例の「Roe v. Wade」をひっくり返したことで、最高裁判事の政治的中立に大きな疑問が提示されている今の最高裁。今回の案件は、最高裁が下す判断の信頼性と、最高裁というアメリカ最高位の司法機関としての信ぴょう性だけでなく、またこの広いアメリカの中で数少ない終身雇用制の恩恵を受ける最高裁判事一人一人の法律家としての矜持が試されるものでもあるのです。

そこでふと思い出されるのが、アイオワ州党員集会でも、ニューハンプシャー州予備選でもトランプ大統領に二の差をつけられた敗けたニッキー・ヘイリー元国連大使が、ニューハンプシャー州予備選直後のインタビューに答えて「スーパーチューズデーまでは絶対に選挙活動を止めない」と宣言していたこと。もしかしたら、今回の案件の動き次第では、共和党支持層の好むと好まざるとに拘わらず、実質的に共和党候補として選挙活動を続けることができるのは自分だけになる可能性が高くなる方向に賭けていたのかも?と勘繰りたくなります。

確かに、たとえ今回の案件で連邦最高裁が、コロラド州最高裁の判断は「違憲」という判断をした場合でも、26日にワシントンDCの控訴審が下した「トランプ前大統領が在任中に犯した可能性のある罪については、免責にはならない」という判断の妥当性についても判断しなければなりません。つまり、トランプ前大統領が、そもそも大統領候補としての選挙活動を続けていていいのかどうか、という根本的な問題に疑問が残ったままの状態で、選挙イヤーがずるずると続いていくことになります。その間、本来であれば、バイデン大統領を大統領職から引きずり下ろすために使わなければいけない政治エネルギーの大半が、トランプ前大統領の法廷バトルに使われてしまい、まさに本末転倒。それでもトランプ前大統領でいいのか?という疑問の声が共和党内から出てくるのを、もしかしたらヘイリーさんは待っているのでしょうか・・・


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員