外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2024年1月29日(月)

デュポン・サークルだより(1月29日)

[ デュポン・サークル便り ]


氷点下の気温と雪と路面凍結に悩まされた2週間前とはがらりと変わり、先週のワシントン近郊は季節外れの暖かさとなりました。何と1月26日(金)には、最高気温が20℃近くまで上がり、最高気温の記録を更新。短パンにTシャツでジョギングに励む人がたくさん見られました。日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

先週のアメリカ政治の大きな話題は2つ。どちらもトランプ前大統領がらみです。

第1のニュースは、1月23日に実施されたニューハンプシャー州予備選。15日のアイオワ州党員集会直後に、突然、大統領選からロン・デサントス・フロリダ州知事が撤退を表明し、ドナルド・トランプ前大統領支持を表明したことから、トランプ前大統領とニッキー・ヘイリー元国連大使が、1対1で対決する初めての機会となり、その行方が注目されていました。特に、ニューハンプシャー州は、無党派層でも予備選に投票できるためヘイリー元大使が支持を集めやすいシステムとなっているため、メディアの専門家はこぞって、「ヘイリーはニューハンプシャー州予備選でトランプに勝つか、負けても一けた台の僅差で肉薄するか、のどちらかを達成できなければ、予備選を戦い続けることはほぼ絶望的になる」と分析していました。

ところが、蓋をあけてみると、このニューハンプシャー州予備選でも、トランプ前大統領は約54%の票を集め、約44%の支持を獲得したヘイリー元大使に約10ポイントの差をつけて勝利。次の予備選の目玉になる2月23日のサウスカロライナ州予備選では、既にトランプの圧倒的優勢が各種世論調査で出ています。しかも、サウスカロライナ州は、ヘイリー元大使が知事を2期も務めた地元だというのに、彼女が知事の間に上院で空席ができたため指名したティム・スコット上院議員をはじめ、同州選出の下院議員なども含めてトランプ支持を表明しています。ヘイリー元大使を取りまく地元の状況はかなり厳しいと言わざるをえません。

ですが、ヘイリー元大使は、全く大統領選から撤退するそぶりを見せません。それどころか、ニューハンプシャー州予備選の後に支持者の前で行った演説では「ニューハンプシャー州は、予備選の最初で、最後ではありません。戦いはまだ終わっていません。」「得票率は半分に近づきました。これから得票率は上がるだけです」と、まだまだ意気軒高。当日のヘイリー元大使陣営を取り巻く雰囲気は「まるで勝利祝賀会場のような熱気」という報道すらありました。

対照的に、50%以上の支持を得て予備選に「勝利」したはずのトランプ前大統領は、まだまだ直接対決を続ける意欲満々のヘイリー元大使に対するいら立ちと怒りを隠せない様子がありあり。恨み節一杯、ヘイリー元大使を貶める発言満載の演説を行い、まるでどちらが予備選に勝ったか、演説を聞いただけではわからないほど。事後には、「ヘイリーに献金した奴は永久にMAGA運動から追放だ」という脅迫めいた発言まで飛び出し・・・・一言でいうと「2016年大統領選時のトランプ」が帰ってきた感じです。

たしかに、アイオワ州党員集会をニューハンプシャー州予備選の両方で勝った候補はトランプが初めて。ですが、「アイオワとニューハンプシャーの結果は、トランプの強さではなく、逆に弱さを見せた」と言い切る人たちが、共和党内の反トランプ勢力の中では依然として存在するようです。そんな彼らが「トランプの弱さ」を裏付ける証拠として注目しているのが、アイオワ、ニューハンプシャー両州での出口調査。大統領本選の勝負は無党派層をどれだけ取り込むことができるかになります。ニューハンプシャー州の出口調査では、そんな無党派層の64%がヘイリー元大使に投票しているという結果がでているのです。また、同じ調査では、同州予備選で投票した共和党員のうち46%が、もしトランプ前大統領が本選の候補になったら満足しない、と答え、そうなったら「選挙に行かない」という人が35%もいるというのです。

さらにアイオワ州党員集会で投票した共和党支持者に対する出口調査では、ヘイリー元大使に投票した共和党支持者のうち46%が、もしトランプ前大統領が本選候補になったら、11月の選挙ではバイデン大統領に投票すると答えたという仰天の結果が出ています。このような結果を当然、ヘイリー陣営は知っているからこそ、まだまだ大統領選から撤退するそぶりを見せないのではないでしょうか。

さらに、26日(金)には、トランプ前大統領が選挙戦を続けるうえで障害になる、動かしがたい事実が改めて明らかになりました。コラムニストのE・ジーン・キャロル氏は1990年代にニューヨークの高級デパートでトランプが彼女に対し性的暴行を働いたと主張しています。彼女がトランプに対して訴訟を起こした際、トランプはその事実を否定しただけではなく、彼女に対し名誉棄損行為を行った、として損害賠償を求めていた民事裁判の判決が出たのです。既に昨年5月の時点で、当時の陪審員はトランプ前大統領がキャロル氏に性的暴行を働いたと判断しましたが、今回全く新しいグループの陪審員は「どのくらいの損害賠償をトランプ前大統領が支払うべきか」という点のみを判断することを求められました。今回の裁判で陪審員はトランプ前大統領に対し、キャロル氏に精神的苦痛などを与えた損害賠償として1830万ドル、さらに、不法行為を働いた人や企業などが、同じことを繰り返さないように、制裁の意味を込めて課される「懲罰損害賠償(punitive damages)」 として 6500万ドル、計8330万ドルという巨額の賠償金支払いを命じたのです。特に、キャロル氏本人に精神的苦痛を与えたことなどによる損害賠償については、陪審員が原告側請求額を下回る額を課したにも拘わらず、「懲罰的損害賠償」の方は原告側請求額の3倍近い額を課しています。この点は「いかに陪審員がトランプ前大統領の行為を悪質と見做していたか」を伝えるメッセージとして注目されました。

トランプ前大統領陣営は25日(金)の判決には控訴する構えですが、この裁判は全米4州で91事案で起訴されていえるトランプ前大統領が、大統領選に向けた選挙活動をする傍ら法廷闘争を続ける必要がある4つの訴訟の1つに過ぎません。しかも、岩盤支持層のトランプ支持は法廷闘争で負けてもますます強固になりますが、本選で勝利するためには欠かせない無党派層の票がどんどん離れていく可能性が高くなります。つまり「予備選で勝てても本選で勝てない候補」になってしまう可能性が高くなるということ。これが今後、どのようにトランプ陣営の動向に影響を与えるかも、今後注目しなければいけない点になりそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員