外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年12月11日(月)

デュポン・サークルだより(12月11日)

[ デュポン・サークル便り ]


先週のアメリカは、12月7日に「真珠湾攻撃記念日」を迎えました。通常であれば、この関係のニュースが少しは流れるのですが、今年は、話題と言えば、1に中東、2に議会、3,4がなくて5に2024年大統領選挙、という状態で、ワシントンの混乱ぶりを象徴しています。11月に夏時間が終わってからというもの、午後6時前には真っ暗になるので、気分もなんとなく沈みがちになります。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

全く終わる気配が見えないどころか、先週、捕虜の相互釈放や、民間人が避難するための移動時間を与えるために実施されていた戦闘の一時停止が終了してからというもの、イスラエルが日を追うにつれて戦線を拡大する中東情勢。もはやイスラエル軍侵攻はガザ地区南部にまで広がり、国際援助機関が「まるで地獄の黙示録のよう」と形容するほどの惨状が出現。ついに今日は、国連事務総長が国連安保理に対して「人道的見地から即時停戦を求める決議を出すように要請する」という声明を出すという、あまり聞いたことがない事態が発生しました。それでも、イスラエル軍はハマスを完全制圧するまでは戦闘の手を緩める気配がありません。
一方、中東情勢が悪化の一途をたどる中、ほとんど忘れ去られた感のあるロシア・ウクライナ紛争ですが、こちらも戦線が膠着したまま、ずるずると続いています。昨日(12月6日)は、米司法省が、昨年2月にロシアがウクライナに侵攻してから初めて、「戦争犯罪」として、アメリカ人人質に対して非人道的な取り扱いをしたロシア軍兵を起訴する旨発表。こちらもまだまだ、着地点が見えません。

そんな中、米国のウクライナとイスラエル両国に対する軍事支援が、米国内では政治問題に発展。バイデン大統領は、先月、大統領執務室から行った演説の中で、両国に対する大型軍事援助パッケージの緊急補正予算を速やかに可決するよう議会に要請しました。ですが、肝心の議会では、共和党保守派が「他国に対する援助の前に、まずアメリカの国境を守るための投資をするべきだ」と強硬に主張。ウクライナ及びイスラエル両国に対する軍事支援のための予算パッケージは、なんと、上院で否決されてしまいました。

これ以外にも感謝祭明け直後の10日間は、内政問題で大きな話題が目白押し。12月1日には共和党のジョージ・サントス下院議員(ニューヨーク州選出)が議会から除籍処分を受けるという事態が発生しました。サントス議員は、2020年連邦議会選挙で初当選しましたが、当選直後から経歴のほとんどを詐称していたことが問題視されていましたが、除籍処分への流れを決定づけたのは、11月16日に下院倫理委員会が発表した調査報告書でした。この報告書は、サントス下院議員が選挙資金の用途について「意図的に虚偽の報告をしていたと信ずるに足る充分な証拠を発見した」と述べ、「(サントス議員は)下院に対する国民の信用を著しく失墜させた」と断じたのです。サントス下院議員がまだ公判中で、有罪判決を受けていないことから、「除籍には慎重であるべき」としていた多くの議員も、この報告書が発表されたあとは態度を180度転換。その結果、賛成311票、反対114票という圧倒的多数で、サントス議員は、アメリカ建国史上6人目の米連邦議会下院から除籍された議員となりました。といっても、6人のうち3人は、南北戦争時に南部を支持したことが理由で1861~62年にかけて「集団除籍」された17人中の3人で、議員本人の腐敗などの不正を理由に除籍された下院議員は、サントス議員の他には2人しかおらず、これがレアケースであることは間違いありません。

さらに、12月6日には、ケビン・マッカーシー前下院議長が、年末に下院議員の職を辞することを発表しました。マッカーシー前議長は10月に建国史上初めて、身内に刺される形で下院議長を解任されて以降、その動向が注目されていました。その同議員が今回、2025年1月の任期終了を待たずに今年末の引退を決めたことで、2023年1月の時点で9議席しかなかった共和党と民主党の間の議席数の差はますます小さくなります。一部報道では来年1月以降、下院では多数党であるはずの共和党が2議員の造反で法案が通せなくなるとも言われています。


このような中、感謝祭を挟んだこの2週間で、アメリカ政治の代名詞的な存在だった人が相次いで、静かにこの世を去りました。まずは11月19日に、ロザリン・カーター元大統領夫人が96才で死去。その10日後の11月29日にはヘンリー・キッシンジャー元国務長官が100才で死去し、さらにそのわずか2日後の12月1日には、女性初の最高裁判事を務めたサンドラ・デイ・オコナー元最高裁判事が93才で死去しました。いずれも、意見の違いはあっても、冷静な話し合いで妥協点を見つけることができた時代のアメリカ政治を象徴する方々ばかり。アメリカ政治の一つの時代の終焉を象徴しているかのようです。

彼らの死を悼む暇もなく、12月6日にはアラバマ州で第4回目の共和党大統領候補者討論会が開かれました。この討論会の前に保守派財閥であるコッチ家がニッキー・ヘイリー元国連大使を支持する姿勢を明らかにしたことで、一気に、彼女がトランプ前大統領候補に次ぐ二番手候補の座に躍り出た感が漂い始めました。ところが、いざ討論会が始まってみると、案の定ロン・デサントス・フロリダ州知事とヴィヴェック・ラムスワーミー候補が、ヘイリー元国連大使にこれまでにないトーンで人格攻撃を浴びせました。ところが、ヘイリー元大使は、これに全くひるむ様子を見せないどころか、「こんなに注目してもらえて、私、嬉しいわ」「(デサントス州知事とラムスワミー候補に対して)私が大物スポンサーの支持を得たことがうらやましいんでしょ」などと余裕の切り返し。しかも、本選候補になる見込みはないものの、共和党内のアンチ・トランプ派の支持を一身に集めているクリス・クリスティー元ニュージャージー州知事が、ヘイリー大使の弁護に回るという驚きの事態まで発生。ですが、トランプ前大統領がダントツの支持率を誇る現状は、1ミリも変わりません・・・

クリスマスが近づくと、普通は気持ちが上向きになるものですが、アメリカの政治を見ていると、とてもそんな気持ちになれない、寂しい今日この頃です。

(了)


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員