外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年11月6日(月)

デュポン・サークルだより(11月3日)

[ デュポン・サークル便り ]


10月31日はアメリカではハロウィン。子供は思い思いのコスチュームで仮装して、夜になると近所の家を一軒一軒、「trick or treat!」と言って訪ね、お菓子を集めて回ります。大人もハロウィンを口実に仮装パーティーに繰り出す人が多いです。そんな楽しい季節行事の当日のワシントン近郊は、秋を飛び越えて初冬を感じさせる寒さでした。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

10月7日にハマスがガザ地区のイスラエル人居住地に攻撃をしかけて以来、深刻さを増す一方の中東情勢。当初こそは、「イスラエル版9・11」と呼ばれたるほどの犠牲者が、イスラエル市民の間で出たことで、国際社会ではイスラエルに対する共感と同情が一気に広がりました。ですが、その後は、イスラエルがガザ地区のパレスチナ人居住区に対して熾烈な空爆を加え、限定的な地上軍による作戦を実施するに至って、パレスチナ人民間人に対する同情と共感の声も上がり始め、世界各地でパレスチナを支持するグループによる抗議活動が広がっています。国連でも事務総長自らが「まずは停戦を」と呼びかけるなど、先に攻撃をしかけたのはハマスだという認識はあるにせよ、イスラエル側にも自制を求める雰囲気が漂い始めました。

イスラエルとハマスの対立が深刻になるにつれ悩ましい立場に置かれているバイデン政権を取り巻く状況については、前回の「デュポンサークル便り」でもお伝えしたところですが、案の定、内政の混乱に引き続き足を引っ張られています。対イスラエル支援のための予算措置を講じようにも、10月上旬にケビン・マッカーシー下院議長が不信任決議案可決を受けて「解任」されて以降、下院議長のポストがなんと3週間も空席。10月25日にようやく、ルイジアナ州選出のマイク・ジョンソン下院議員が下院議長に選出されましたが、ここに至るまでは一波乱も二波乱もありました。まず、次期下院議長の最有力候補といわれていたスティーブ・スカリース下院共和党院内総務が、共和党保守派から十分な支持を得られず、下院本会議での投票前に下院議長選から撤退、そのあとに名乗りを上げた保守派のジム・ジョーダン下院議員も、本会議で3度、採決を試みたものの、採決する度に共和党からの造反が増えるというみっともなさで、こちらも下院議長選から撤退。さすがに共和党下院議員の間で「いいかげん、下院議長決めないと、示しがつかない」という雰囲気が漂い始め、その雰囲気に助けられる形で文字通り「3度目の正直」でジョンソン新下院議長が誕生したわけです。

ようやく正常化に向けて一方を踏み出した下院ですが、前途は多難。まずは、10月19日の国民に向けたテレビ演説でバイデン大統領がぶちあげた「対イスラエル、対ウクライナ、米国南部諸州の国境警備強化、対台湾支援などを全部まとめた支援パッケージ100億ドル以降の補正予算要求」に関して、下院は、バイデン政権が提出した予算要求項目の中から対イスラエル軍事支援のための予算案のみを切り離して一足先に11月2日に可決、上院に送付しました。民主党が多数党の上院では、対ウクライナ支援のみを切り離した法案を成立させた下院共和党への反発が強く、この予算法案が上院で可決される可能性は非常に低いものになっています。

そうこうしている間に、イスラエル・パレスチナ間の緊張はどんどん高まり、イスラエル軍によるガザ地区内での作戦活動の規模がじわじわと拡大していきました。ネタニヤフ首相は「ハマスを完全にせん滅させるまで、軍事行動はやめない」と宣言。イスラエルによる用いた本格的な地上戦のため、パレスチナ側の民間人犠牲者が増え続けています。このため、当初は「イスラエル支持」を掲げた集会が大多数を占めていたアメリカ国内でも、パレスチナを支持し、イスラエルに停戦交渉に応じることを求める抗議集会が広がり始めました。

そんな現状に業を煮やしたのか、ついに11月2日、バイデン大統領も「ガザ地区から安全に非パレスチナ人外国人の退避を認め、パレスチナ人民間人に人道的支援を届けるために、戦闘の一時停止が必要」と口走り始めました。ですが、もちろん、ネタニヤフ首相は、「停戦?ありえない」とどこ吹く風。そもそも、オバマ政権時代から、ネタニヤフ政権とは微妙な関係だったアメリカですが、今の局面では「イスラエル支持」の一択しか、政策上の選択肢は、事実上ありません。「難しい」という言葉だけではとても足りないほど複雑かつリスクが高い状況にバイデン政権が当面の間おかれることは確定です。

 そうこうしているうちに、アメリカ内政問題でも、再び大きな動きが出てきています。次回は。内政の現状について少し深堀して書いてみたいと思います。

(了)


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員