外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年10月25日(水)

デュポン・サークルだより(10月24日)

[ デュポン・サークル便り ]


前回の「デュポンサークル便り」をお届けしてから2週間の間に、アメリカは、内政が大混乱時代に突入しただけでなく、外交も、10月7日のハマスによる対イスラエル攻撃後、中東の広い地域を巻き込んだ危機に直面しています。

特に、イスラエル・ハマス間の武力衝突をめぐる状況は深刻です。世界最高レベルの情報収集・分析能力を誇るイスラエル情報機関が「なぜ、兆候すら探知できなかったのか」といわれるほど、第4次中東戦争開始50年目にあたる時期にハマスがイスラエルに対して仕掛けた大規模攻撃は、驚きをもって受け止められました。1300人以上とも言われるイスラエル人民間人がハマスに攻撃の犠牲となり、多数が人質としてハマスに連れ去られたこの事件は、いまや、アメリカでは10月7日は「イスラエル版9・11」とすら呼ばれています。

このような攻撃にあったイスラエルがおとなしく引き下がるわけはありません。イスラエルは「ハマスをガザ地区から一掃する」ことを宣言、大規模な空爆をガザ地区に対して実施、さらに、地上軍をガザ地区に侵攻させるためにガザ地区との国境に集結させて現在に至り、もはや、地上軍によるガザ地区侵攻開始は時間の問題といわれています。

このような状況を受けて悩ましい立場に置かれたのがバイデン政権。イスラエルはアメリカにとって重要な同盟国であり、歴代のアメリカの政権は民主、共和の別なく、「イスラエルが自国を守る権利」を強く支持してきました。実は、米・イスラエル関係は今年1月以降、首相として3度目の登板となるベンジャミン・ネタニエフ首相率いるイスラエルの保守派政権との間で西岸・ガザ地区の入植地政策をめぐり路線が対立、緊張しました。ですが、「イスラエル版9・11」ともいわれるレベルのテロ攻撃にさらされたとあっては、バイデン政権としては「イスラエル支持」の一択しかありません。更に、イスラエル政府が「ハマスへの報復」として行っているイスラエル軍によるガザ地区への大規模な空爆で、パレスチナ人の民間人に多数の死者が出てからは状況が変わりました。国際世論はもちろん、当初はイスラエル支持が大多数を占めていたアメリカ国内の世論も、ここにきて「イスラエルの反撃もやりすぎ」という声が出始めたのです。特に、米議会は、イスラエル支持が大多数を占める共和党と、イスラエル支持が多数でありながら、パレスチナ支持の声を上げ始めた議員も少なからずいる民主党の間で、温度差が表面化しています。

そんな中、10月19日、バイデン大統領は、大統領執務室からテレビ番組の「プライムタイム」といわれる午後8時に国民に向けた演説を行いました。かつては、ブッシュ(父)大統領がクウェート解放のためにイラク侵攻を開始したことを発表したり、ブッシュ(息子)大統領も9・11の後、アル・カーイダ討伐作戦のため米軍のアフガニスタン派遣を発表しています。このように「Oval Office address (大統領執務室からの演説)」は政権にとっての重要問題を大統領自ら国民に伝える場として使われるプラットフォームですが、各政権ともOval Office Addressを行うのは政権期間中一度あるかないか。しかし、バイデン政権は今年6月上旬に米政府財政破綻回避の合意成立を発表する場としてOval Office Addressを初めて使ったのに続き、今回が2度目となります。

この演説の中でバイデン大統領は、現在、世界秩序は「民主主義と専制主義の戦い」の「分岐点」に来ていると指摘。イスラエルを攻撃したハマスとウクライナを侵略したロシアは「脅威の性質は異なる」としつつも「民主主義国である隣国を抹殺しようとしている」という点では同じだと主張し、両国に対する支援をアメリカが率先して継続することは「将来何世代にもわたるアメリカ人の安全にとって賢明な投資になる」として、総額1000億ドルにも積みあがる可能性があるといわれている対イスラエル、対ウクライナ軍事支援を含む補正予算案を議会に緊急送付する意向を発表しました。

ところが、政権からこのような補正予算案の送付を受ける側の議会は混迷を深めるばかり。10月上旬にケビン・マッカーシー前下院議長が不信任決議案の可決を受けて「解任」され、パトリック・ヘンリー下院議員が下院議長代行に任命されてから3週間目に突入していますが、後任の下院議長が選出される目途は全く立っていません。すでに、当初、次期下院議長の最有力候補といわれていたスティーブ・スカリース下院共和党院内総務は、共和党保守派の支持をまとめられずに下院議長選から撤退、そのあとに名乗りを上げた保守派のジム・ジョーダン下院議員も、本会議で3度、採決を試みたものの、採決する度に共和党からの造反が増えるというじり貧振りで、こちらも下院議長選から撤退。これを書いている23日夜の時点で、下院議長に立候補している共和党下院議員はなんと9名。次期下院議長選出を巡る共和党の内紛が長引けば長引くほど、共和党分裂の危機がリアルなものになる、とささやかれています。対する下院民主党側は、ハキーム・ジェフリーズ民主党下院院内総務を一枚岩で支持。共和党が自滅するのを生ぬるい視線で見守っている状態です。

ですが、下院議長職が空席の状態が続くことは、バイデン政権にとっても実は望ましくありません。というのも、ヘンリー下院議長代行に与えられた権限は、次期下院議長を選出するための議事進行を執り行うことだけ。法案の審議など、下院の実質的な機能は、下院本会議での投票を得て次期下院議長が選出されるまで再開できないのです。当然、10月19日のテレビ演説でバイデン大統領がぶち上げた緊急補正予算の審議も、下院では議長が選出されるまで行われません。

さらに悩ましいのは、9月末に、マッカーシー前下院議長が、結果的に自分の職を賭して成立させた2024年度連邦政府予算をめぐる継続決議の期限が11月17日にやってくるということ。つまり、11月17日までに何らかの新たな予算措置が講じられなければ、連邦政府は一時閉鎖となり、全米で2百万人以上いるといわれる連邦政府職員が一時的にではあるにせよ、失業者となります。「アメリカのお正月」的な意味合いを持つ感謝祭直前の11月17日にそのような事態になれば、アメリカ経済への悪影響は不可避、バイデン政権へのネガティブな影響も避けられません。ただでさえ10月18日に発表されたCNBC社による世論調査で、支持率37%、不支持58%、トランプ前大統領とのリベンジマッチが行われた場合、バイデン大統領が惜敗するという結果が発表されたばかり。内政に外交に、今のバイデン政権を取り巻く状況はまさに「カオス」。ここからバイデン政権、いかに脱出するのでしょうか。(了)


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員