キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2023年10月4日(水)
[ デュポン・サークル便り ]
これを書いている今日、アメリカ政治は再び、前代未聞の時代に突入しました。共和党のケビン・マッカーシー下院議長が、下院議長の座から、同じ共和党のいわば同僚議員の動議により、その座を追われたのです。
下院議長不信任決議案を発動したのは、共和党内でもトランプ前大統領に近い保守派議員の筆頭格のマット・ゲーツ下院議員(フロリダ州選出)。直接の理由は、連邦政府閉鎖を回避するためにマッカーシー前議長が暫定予算措置を通すために、民主党議員と妥協したことが共和党保守派議員の強い反発を招いたことだそうです。
ですが、不信任決議案が提出され、実際にマッカーシー下院議長を解任するかどうかの投票が始まってみると、なんと、民主党議員は全一致して解任に賛成票を投じました。さらに共和党議員8名が造反したことで、賛成216票、反対210票という僅差で、建国史上初、下院議長が同僚議員の投票により解任されることになったのです。
とりあえず、次の下院議長が選出されるまでの間はマッカーシー前議長と近い関係にあるといわれるパトリック・ヘンリー下院議員(ノースカロライナ州選出)が下院議長代行を務めることになりました。ですが、議長代行の権限は極めて限られているため、次の下院議長が選出されるまで、下院における法案の審議はすべてストップすることになります。
既にマッカーシー前議長は、議長選への再チャレンジはしない意向をすでに表明、後任の名前には、スティーブン・スカリース共和党下院院内総務、トム・エマー共和党下院筆頭幹事など、現在の共和党下院指導部に加えて、保守派が推すジム・ジョーダン下院議員他、計4名の名前が浮上しています。マッカーシー前議長解任に道を開いた張本人のマット・ゲーツ下院議員は、なんと、下院議長選出馬の意向はないそうです。
しかし解せないのは下院民主党の動き。ナンシー・ペロシ元下院議長などは、マッカーシー前議長に対する不信任決議案に賛成票を投じた理由として、「女性の中絶の権利を守るための予算措置をきちんと手当てする、と私にした約束を彼は破ったから」と報道陣に聞かれて答えています。ですが、どう考えてもマッカーシー前議長の後任が彼と比べて民主党との間で交渉し、必要によっては妥協することについて後ろ向きになることは確実。しかも今回、「一人の下院議員が下院議長不信任決議案を提出」することができ、しかも、解任が実現してしまうことが白日の下にさらされてしまった今、共和党保守派が自分たちの主張を通すために勢いづくことはほぼ確実。つまり、今後、下院では重要法案の審議がことごとくつまずくことが予想されます。
更に、これから年末にかけて、議会では2024年度連邦政府予算の可決という大きな課題が待ち受けています。ギリギリで10月1日の連邦政府閉鎖は免れたとはいえ、次の交渉期日は感謝祭直前の11月17日。今から毎日、議会で審議を重ねたとしても1か月ちょっとしか時間がないというのに、下院のカレンダーによれば、10月6~9日、10月16日、さらに10月27~11月10日の間は休会のため、実質的には1か月も交渉期間は残っていません。
連邦議会が未曽有の領域に突入する中、2024年大統領選もすごいことになっています。共和党側で、4件の刑事訴追を受けているトランプ前大統領が支持率でトップを独走しているだけでも十分異常です。一方、民主党側も、バイデン大統領がすでに下院で弾劾裁判に向けた審議の対象になっているだけでなく、10月2日には、バイデン家の問題児であるハンター・バイデン氏が、銃器不法所持の理由起訴されていた案件の罪状認否でなんと「無罪」を主張、大統領選まっただなかの2024年に、再選を目指す現職大統領の息子が刑事被告人である裁判が実施されることが確実に・・・。
オバマ政権時、ボブ・ゲーツ国防長官(当時)が「アメリカの国家安全保障の最大の脅威は財政赤字」という議論を展開して話題になりましたが、今や国際安全保障の最大のリスクはアメリカ内政。一体、なんという時代になってしまったのでしょうか・・・
(了)
辰巳 由紀 キヤノングローバル戦略研究所主任研究員