外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年8月29日(火)

デュポン・サークルだより(8月29日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊では先週から新学期が始まる学区が出始め、今週はさらに多くの学区で新学期が始まりました。お天気も、まだ真夏日もありますが、連日暑さが続くわけではなく、夕立が降るたびに少しずつではありますが確実に季節が秋に向かって進んでいるのを感じます。とはいえ、まだまだアメリカは夏休みモード。DCに出勤する際も渋滞はまだそれほどひどくありません。日本はまだ残暑が厳しい場所も多いようですが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

この10日間ほど夏休みをいただいている間、アメリカ内政はてんやわんやでした。「デュポンサークル便り」前号で、トランプ前大統領が先々週、2020年大統領選挙のジョージア州における投票結果の改ざんを試みようとした罪で刑事起訴されそうだとお伝えしました。前号が出た直後の815日にこれが現実のものとなり、トランプ前大統領は前大統領が1度どころか4度も刑事起訴の対象になる、という前代未聞の不名誉な記録の保持者となりました。しかも起訴されている場所や起訴内容はニューヨーク州(愛人の口止め料不正会計処理)に始まり、フロリダ州(機密文書の不正取り扱い)、ワシントンDC202116日連邦議事会襲撃事件教唆)、そして今回のジョージア州(2020年大統領選挙結果改ざん)と場所も罪状も様々。よくも悪くも彼みたいな大統領は後にも先にも現れないでしょう。

ですが当のトランプ大統領は意気軒高。824日ジョージア州フルトン郡の刑務所に出頭して収監されたルドルフ・ジュリアーニ元NY市長を始め、計18人の共犯容疑者と同じように身長体重を計測された後、いわゆる「マグショット(アメリカで犯罪容疑者が撮られる顔写真)」を撮影されました。20万ドルともいわれる保釈金を払って即日釈放され、現在はニュージャージー州の自宅に戻っているトランプ前大統領ですが、収監直後に公開されたマグショットの下に「決してあきらめない(Never Surrender)」というロゴを入れた画像をTシャツやマグカップに印刷したグッズをすぐに販売し始め、なんとこのグッズの売り上げなどで収監から今に至るまでのわずか数日で実に7百万ドル以上も選挙資金を集めたというから驚きです。ここまで来るともう「トランプ教」ですね。

刑事起訴されてもマグショットを撮られても大統領選挙に向けひた走るトランプ前大統領を横目に、トランプ前大統領のジョージア州収監前日の823日には、共和党大統領候補8人による初の討論会が開催されました。支持率で首位を独走するトランプ前大統領が事前に欠席する意向を明らかにしていたため、どれぐらい盛り上がるか注目されていましたが、当日の会場には4千人余りの聴衆が集まり、8人の候補者の間の丁々発止のやりとりに特には拍手を送り、時にはブーイングを飛ばし、かなり盛り上がっているような感じでした。

ロン・デサントス現フロリダ州知事、マイク・ペンス前副大統領、ニッキー・ヘイリー元国連大使、ティム・スコット上院議員、クリス・クリスティー元ニュージャージー州知事、エイサ・ハッチンソン前アーカンソー州知事などを含め、今回の討論会に出席した8人は、いずれも共和党全国委員会が事前に発表した(1)最終的に共和党大統領候補になった候補者を支持するという誓約書に署名、(2)信頼性のある複数の世論調査で最低でも1%の支持率、(3)少なくとも4万人のドナーから選挙資金を集めた、という3つの要件を満たした候補者の皆さんです。会場での立ち位置は支持率によって決められ、その結果、「センター」には支持率でトランプ前大統領に次いで二番手のデサントス知事が立ちました。 

ですが、討論会が始まってみるとデサントス知事の存在感はほぼゼロ。その代わり台風の目になったのが立候補直後は全くの無名ながら、「気候変動なんてリベラルがついている嘘だ!」「政治の道具になり下がったFBIなんかつぶしてしまえ!」「アファーマティブ・アクションなんて黒人への優遇措置だ! あんなものなくしてしまえ!」と「ミニ・トランプ」のような過激な主張で注目を集め、最近になって共和党支持者の間で支持率を急速に伸ばしてきている実業家出身のヴィヴェック・ラムスワーミー氏でした。

これだけ過激な主張をするトランプ以外の候補が出てきたことも驚きですが、さらに驚きなのはラムスワーミー氏本人が移民2世のインド系アメリカ人で若干38才の若さだということ。しかも、このバックグラウンドの候補者に「今のアメリカの教育はおかしい。学校のカリキュラムにもう一度社会科と道徳を入れて、高校卒業時には卒業の条件に私の両親が帰化した時に受けなければならなかった試験と同レベルの試験に合格することを義務付けるべきだ」「自分は多様性が礼賛された80年代に育った。でも、この国は多様性を礼賛する余り、この国の何たるかを忘れてしまったんだ」と言われると、妙に説得力が出てしまうから不思議です。さらに壇上でペンス前副大統領に向かって「マイク、僕と一緒に、もし大統領になったらトランプ前大統領に恩赦を出すと宣言しよう」と迫る始末。結局2時間続いたこの討論会、このラムスワーミー氏がトランプ前大統領の身替わりのような存在になってしまい、ヘイリー元国連大使からペンス前副大統領、クリスティー元知事に至るまで、他の候補者が入れ替わり立ち代わりラムスワーミー氏を批判する、という展開に終始しました。

自分より少なくとも10歳は年上の他の候補者から集中砲火を浴びても、ラムスワーミー氏は終始、爽やかな笑顔を絶やすことなく2時間を乗り切り、ディベート直後のインタビューでも「すごく楽しみました! 今日は自分の考えについてテレビを通じて皆さんに知ってもらうことが目的だったんです。その目的は十分、果たせたと思います」と飄々としていました。38才であの度胸はすごいなぁ、と感心してしまいました。

政治ショーとしては文句なく面白かった討論会でしたが、冷静に見ると共和党が抱えるジレンマが浮き彫りになった討論会でもありました。2時間を通じてクリスティー元知事とハッチンソン前アーカンソー州知事を除く6名は、トランプ前大統領については腫物にさわるような扱いで正面切って批判を試みる人は誰もいませんでした。ペンス前副大統領が時折「何人も法を超越する存在ではない。私は常に神のお導きの下、合衆国憲法を尊重することを選ぶ」と間接的にトランプ前大統領に批判的な発言をしていましたが、批判としてはパンチ不足という印象は否めませんでした。

その中で光っていたのが、唯一の女性候補のヘイリー元国連大使。彼女もトランプ前大統領に対する個人的な批判は避けていましたが、「トランプ前大統領はアメリカで一番嫌われている政治家です」と指摘。「起訴の合法性はさておき現実を考えたら、大統領選挙期間中、4件の刑事事件の公判の被告として複数の刑事裁判で係争中の人物が大統領候補になれば共和党は本選ではまず勝てません。共和党は次の世代の保守政治家で2024年の大統領選挙を戦うべきなんです」と主張し、トランプ前大統領 vs バイデン大統領では共和党が苦戦する、という政治的な現実を冷静に指摘。

さらに昨年、最高裁が女性の妊娠中絶の権利に関する「Roe V. Wade」の判決を覆して以来、大きな政治問題になっている妊娠中絶の問題についても、他の男性候補者が揃って妊娠15週以降の中絶を禁止する法律を原則として支持する立場をとったのに対し、彼女だけが「この問題で妥協の余地がないポジションを取ることは国の分断に繋がるし、政治的にも反感を招くだけです」と主張。「この問題を悪者扱い(demonize)するのではなく、人間の問題として(humanize)扱うべきです」と語り、中絶を認めるか否かを争うのではなく、それ以前の段階の学校での性教育の在り方、母子家庭や養子制度への支援の拡充など、女性が中絶を選択しなくても大丈夫だと思えるような社会を作る政策をとることを保守派は主張すべきだ、と論じました。また、討論会を通じてヘイリー元大使は、女性政治家について回る「自分の主張をはっきりとすれば攻撃的だという印象を与え、対立候補を強く批判すれば感情的過ぎると印象を与える」というジレンマを乗り越え、好感度を保ちながら自分の主張はしっかりする政治家、という印象を残しました。

思い起こせば、閣僚をクビにしまくったトランプ前大統領の下で、唯一、自分で辞任のタイミングを決めたレアな政権幹部(唯一かもしれません)がこのヘイリー元国連大使でした。彼女が辞任を発表した時に同席したトランプ前大統領は、「気が変わったらいつでも政府に戻ってきて」と未練たらたらでした。そして討論会の翌日、自分のことを間接的にでも批判した男性候補には、お得意のSNS攻撃を発動していたトランプ前大統領なのに、「ドナルド・トランプはアメリカでもっとも嫌われている政治家なんです」とはっきりテレビで言ったヘイリー元大使への人格攻撃はほとんどなし。意外と、トランプ前大統領はヘイリー元大使に何か弱みでも握られているのでしょうか……まぁ、討論会で好感度を上げたとはいえ、3%→11%に伸びたというレベルのヘイリー大使と比べて、トランプ前大統領は未だに50%以上の支持率を誇り、圧倒的優位に立っているからこその「余裕」かもしれませんが……。

ただ今回の討論会で確実になったのは、最終的にトランプ前大統領が共和党大統領候補者にならなかった場合、この日の討論会に出席した誰が共和党候補になってもバイデン大統領は苦戦必至だということ。なんといっても8人全員が現職のバイデン大統領より若く、弁も立つ候補者になるということです。「多様性の尊重」をかかげ「共和党=白人の党」というイメージで民主党としては戦いたいところですが、討論会に参加した8名は白人、黒人、インド系アメリカ人と人種も多様で年齢も最年少38才から最高齢72才まで様々。しかも、最高齢候補のハッチンソン前知事もバイデン大統領より10歳近く若いのです。バイデン陣営、かなり真剣に「トランプ前大統領が候補にならなかった場合」の選挙戦略を練る必要がありそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員