外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年8月4日(金)

デュポン・サークルだより(8月4日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、連日、体感温度が100℉(ほぼ摂氏39度)に迫る日が続いていた先週までとは打って変わって、今週は9月を思わせる過ごしやすい日々が続いており、夜や早朝は、少し肌寒いほどです。とはいえ、来週には再び、夏の天気が戻ってくるとか。それでも、先週までよりは少しはましなようです。日本も全国各地で、異次元の猛暑が続いているようですが、日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週から今週にかけてのワシントンは、二つの大きな話題で盛り上がりました。といっても、どちらも外交問題ではないのが、アメリカらしいところですが…。

そんな大きな話題の一つは、720日に、ワシントンDC地域のフットボールチームであるワシントン・コマンダーズ(元レッドスキンズ)のオーナーが交代したことです。具体的にはダン&トニヤ・スナイダー夫妻から、実業家ジョシュ・ハリス氏が率いる投資家グループ(しかも、グループの中には、ひと昔前のNBAのレジェンドであるマジック・ジョンソンも名前を連ねています)に代わりました。1932年にボストン・ブレーブスとして誕生、1933年に名称をレッドスキンズに改称したあと、1937年に本拠地をワシントンDCに移したアメリカンフットボールのチームです。初代オーナーはボストン出身の実業家ジョージ・プレストン・マーシャル。その後、オーナー職は、エドワード・ベネット・ウイリアムス、ジャック・ケント・クックを経て、1999年以来、今回のチーム売却が行われるまではダニエル・スナイダー氏が務めていました。初代オーナーのマーシャル時代と、第3代オーナーのクック時代にそれぞれ数回、NFLの最高峰であるスーパーボウルに勝利した経歴があるものの、ダン・スナイダー氏がオーナーになった1999年以降、長らくチームとしての精彩を欠いていました。これまで、チームの旧呼称の「レッドスキンズ」がネイティブ・アメリカンを冒涜しているとして、改名を求める声がたびたび上がっていましたが、2020年に黒人のジョージ・フロイド氏が、逮捕される過程で警察官の暴力により亡くなるという事件が発生したことを契機に、チーム名解消を拒むオーナーのスナイダー氏に反発して、チームのキャラクター商品などの不買運動に発展。スナイダー氏が不承不承、2022年に名称を現在のワシントン・コマンダーズに改名したのです。しかもこの数年は、ワンマン経営者として有名だったスナイダー氏のセクハラ・パワハラ疑惑や、チームの不明瞭会計などがNFLの調査の対象になるなど、正直なところ、チームの評判も下降線をたどっていました。ですので、コマンダーズの地元での人気も、イマイチでした。

そのため、720日にコマンダーズのオーナー交代が正式にNFLにより発表される直前から、ワシントンは大盛り上がり。オーナー交代が正式に発表された翌日の721日には、コマンダーズのホームゲームのフィールドであるフェデックス・フィールドで、「オーナー交代祝賀会」が開催され、オーナー交代を喜ぶ地元ファンで、フェデックス・フィールドは一杯になりました。オーナーが交代して2週間たった今も、ローカル局のテレビやラジオでは、連日「新生コマンダーズ」の動向が「さらば、ダン・スナイダー。ようこそ、ジョシュ・ハリス!(See ya, Dan Sneider, Hello to Josh Harris!)」というフレーズとともに連日報道され、ワシントン歴30年の私も見たことがない盛り上がりを見せています。

そんな中、82日には、もう一つの大きな事件がありました。ドナルド・トランプ前大統領が、2020年大統領選挙の結果を政治介入により変えようとした容疑で、ワシントンDCの連邦大陪審により刑事起訴されたのです。トランプ前大統領に対する起訴は、ニューヨーク州(愛人口止め料支払いをめぐる不正会計処理)とフロリダ州(機密文書の取り扱い不備)に続く3度目ですが、今回の起訴は、アメリカの民主主義の根幹である「民主的に行われた選挙」と「選挙結果に基づく平和裡な権力委譲」に関するものであり、かつ、今回の起訴に至る過程で大陪審に対し証言した証人のほとんどが共和党員であることなどから、これまでの起訴案件の中で最も重いものであるといわれています。本件の罪状認否のために83日(木)にワシントンDC入りしたトランプ前大統領の警護などのため、ワシントンDCのダウンタウンの地区は交通規制も含め、厳戒態勢が敷かれ、ものものしい雰囲気に包まれました。

83日(木)、シークレット・サービスに守られた車列でワシントンDC市内の連邦裁判所に到着したトランプ前大統領。当然、罪状認否ではすべての罪状に無罪を主張。前回、フロリダ州で起訴されたときと同じように「今回の起訴は、魔女狩りだ!」「世論調査では、私は共和党予備選で首位を独走、バイデン大統領との競争でも大差で勝つという結果が出ている。そんな政治的対抗馬が出てきたら、この政権としては、訴追することで抑えることしかできない。こんなことがアメリカで許されてはいけない」と、罪状認否が終わったあと、土砂降りの雨の中で、自分の正当性を訴え、「任期終了後、4回も連邦大陪審で起訴された前大統領が、大統領再選を目指して戦う」という、前代未聞の状態が生まれました。

しかも、共和党の他の候補からもトランプ前大統領を擁護する候補者が現れ始めました。たとえば「アファーマティブ・アクション全面撤廃」を選挙公約に掲げて戦っているインド系アメリカ人の実業家ヴィヴェック・ラマスワミ―候補は、3日夜、CNNのニュース番組に生出演。「自分のことだけ言えば、首位を独走しているトランプ前大統領が、今回の件を契機に大統領選から撤退してくれれば、当然、はるかに戦いやすくなる」といいつつも「だが自分は、そういう形で今回の予備選を勝ち上がりたくはない。正々堂々とトランプ前大統領を退けて共和党大統領候補になる道を選びたい」と主張しました。

トランプ前大統領の次回公聴会は828日に設定されました。ここでおそらく、本件に関する公判のスケジュールが明らかになってくるものと思われます。万が一、裁判のスケジュールが2024年大統領選挙と重なってしまうことになれば、少なくとも今の時点では「共和党のトップ候補が、裁判で係争中」という状態が生まれる可能性があります。 

そんな中、82日には、信用格付け会社のフィッチ社が、前年まで最上級のトリプルAのランクから、米国の格付けを一段下げてダブルAに格下げした、というニュースがウォール・ストリートを駆け巡り、このニュースに反応した市場が動揺するという事態も生まれました。おりしも、議会では、9月の閉会明けは、連邦政府予算案をめぐり大きなバトルが予想されます。

トランプ前大統領の度重なる起訴といい、9月に予想される議会での予算バトルといい、ますます混迷を深めるアメリカ国内政治。これでは、コマンダーズのオーナー交代のように、将来に向けて期待が持てるニュースがアメリカ人の話題を集めるわけですよね。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員