外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年7月18日(火)

デュポン・サークルだより(7月14日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、本格的な夏が到来しました。連日、体感温度が華氏100度(摂氏で38度弱)に迫る蒸し暑い日が続いています。そして、連日の局地的雷雨。もはやワシントンDC近郊は熱帯雨林気候に完全に入った感すらあります。ですが、テキサス州やアリゾナ州では、最高気温が華氏100度を超える日が続いており、熱中症のリスクが広がっています。東京も猛暑が続いているようですが、日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週から今週にかけてのワシントンは、再び、外交・国内問題ともに盛沢山。外交面ではなんといっても、リトアニアでNATO首脳会議が行われ、バイデン大統領も出席。ゼレンスキー・ウクライナ大統領をはじめとする首脳会議参加各国首脳との2国間会談をこなし、ウクライナに対するしっかりとした支持を継続することが、あらゆる機会に強調されました。特に、今回は、NATO首脳会談の場で、ゼレンスキー・ウクライナ大統領が、ウクライナのNATO加盟に向けた明確な道筋が示されることを強く求めることが予想されていたこともあり、バイデン大統領がこれにどのように応えるかが注目されていました。

バイデン大統領はそれほど演説上手としては知られていませんが、リトアニア首都ヴィリニュスのヴィリニュス大学で数千人の聴衆を前にした演説では、「米国は、ソビエト連邦によるバルト諸国の占領を一度も認めたことはない」「NATOが今ほど力強く、エネルギーにあふれ、団結した時期はない。我々が共有する未来にとってNATOがこれほど重要だった瞬間もない」と力の入った熱弁をふるい、聴衆を大きくわかせました。この演説は、珍しくワシントンでも「民主主義国家の連帯というメッセージを、説得力を以て、強く打ち出した演説」として好評。NATO首脳会議終了翌日の13日には最新のNATO加盟国となったフィンランドを訪問ました。NATO加盟を強く希望するウクライナに対しては、米国のイスラエルの安全保障に関するコミットメントを例に出し「重要なのは米国がしっかりとコミットすること」と述べ、NATO加盟が実現しなくても、実質的に緊密な安保協力をNATOとして行うことは可能だと強調するにとどまり、今後に引き続き課題を残した形になっています。

一方、インド太平洋地域では、ジャネット・イエレン財務長官が769日にかけて中国を訪問。李強首相他と会談し、金融・財政問題における協力の可能性を探りました。イエレン財務長官は、訪中日程を終えた直後に北京の米国大使館で行った記者会見の席上で「世界はアメリカと中国両国が共存できるスペースがある」などと発言、関係改善に向けた意欲を強調しました。ただ、この発言を聞いて、第1期オバマ政権時代に当時のアジア太平洋軍司令官を務めていたウィーラード海軍大将が「太平洋は米国と中国両国が共存するスペースがある」という趣旨の発言をしたのを思い出したのは、私だけではないでしょう。「政治・安全保障関係では立場の違いはあっても、経済・金融の分野のように協力できる分野では協力するという『ニュー・ノーマル』について合意できると考えている」などのイエレン財務長官の発言からは、ロシア・ウクライナ戦争の終わりが見えないまま、戦争が長期化する中、中国とロシアが接近を続けるトレンドになんとか歯止めをかけたいバイデン政権の意思が見え隠れします。

ですが、アメリカ国内ではこのような重要外交イベントはそっちのけ。目下の話題はハリウッドの脚本家組合と俳優組合が同時にストライキに突入する、というニュースがトップで流れています。昔と違って、映画やドラマが、ネットフリックスやアマゾンプライムビデオ、Hulu などのストリーミングサービスを通じた配信に凌駕されパラマウントなどの大手映画会社やディズニーなども続々とストリーミングサービスを導入しているだけでなく、ChatGPTなどAIによるコンテンツの作成の可能性も、今やリアルに視野に入ってきています。そこで脚本家の給与や著作権などの基本的な待遇、さらに、AIをどの程度脚本執筆に使うのかなど、エンタメ業界がこれまで経験しなかったような課題が出てきているのです。このため、映画配信会社と脚本家組合は長らく契約改訂交渉を行ってきましたが、未だ合意に達することができていません。このため、「自分たち(脚本家+俳優)がともに存在しなければ、そもそも新しいコンテンツは作れない」と主張し、ハリウッドの俳優組合が脚本家組合のサポートと称して、同時ストライキに入ることを表明したのです。

なんでも、二つの組合が同時ストライキを決行するのは1960年以来の大事件だとか。同時ストが明日未明に発動されれば、その時点で新作映画・ビデオの撮影はストップ、しばらくすると映画やビデオも再放送ものしか見られなくなることになります。というわけで、この話題で巷のテレビやラジオは持ち切りです。

そんな中、地味ではありますが政治的にバイデン政権にとって厳しそうな事件も。数週間前にホワイトハウスの中でなんと、ポリ袋にはいったコカインが発見されたのです。コカインの袋の発見場所が、ホワイトハウスツアーなどで一般人も通過するエリアだったことから、以降、シークレット・サービスが、袋が発見された当日の訪問者のログやコカイン入りポリ袋から検出されたDNAなどを検証、捜査を進めていました。713日、この捜査が、「袋の持ち主が特定できるに十分な証拠が見つからなかった」という理由でシークレット・サービスにより打ち切られたのです。ですがバイデン政権は、わずか数週間前にバイデン大統領の息子のハンター・バイデン氏に対する内部歳入庁(IRS)の捜査が、「大統領の息子」というバイデン氏のステータスのために甘いまま終わった、という内部告発があったばかり。共和党は今回のシークレット・サービスによる捜査打ち切りという結果にも当然、満足しておらず、公聴会の場を通じて政権側を徹底追及する構えのようです。しかも、議会内の党派対立は、ここ数年、もめにもめる連邦政府予算の中で、唯一、超党派の支持を得て可決されてきたといっても過言ではない国防予算法案にまで波及してしまっており、バイデン政権にとっては頭の痛い日々が続きそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員