外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年7月5日(水)

デュポン・サークルだより(7月5日)

[ デュポン・サークル便り ]


米国の独立記念日の74日に、今週の「デュポン・サークルだより」を書いています。独立記念日そのものは火曜日にあたり、飛び石連休的になってしまっていますが、本格的に「ポスト・コロナ」に移行して初の独立記念日とあって、73日(月)に有給休暇をとり、4連休にする人が続出。先週の木・金曜日ぐらいから休みに入った人も多いようで、空路もアムトラックも、もちろん道路も、木曜日ぐらいからコロナ前を超える混雑ぶりが連日、報じられていました。とはいえ、飛び石連休のため、ご近所などでやる独立記念日パーティは、ほとんどのところが週末に行われたようです。いよいよ、蒸し暑い日が毎日続く、ワシントンらしい夏の陽気になってきました。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週のアメリカは、外交・内政ともに大揺れ。外交ではなんといっても、62324日にかけて、ウクライナでロシア軍を支援して戦闘に従事していたはずのロシアの傭兵組織ワグネル社の部隊が突如、モスクワに向かって進軍を始めた「プリゴジンの乱」とその余波が最大の関心事でした。ワシントンで報じられた内容は概ね次の通りです。

これまでもワグネル社代表のプリゴジンは、「前線にもっと弾薬が必要だ」「軍の幹部は現場のことを何もわかっていない」などと、ロシア軍幹部を大っぴらに批判していました。今回、「ワグネル社の戦闘員がロシア軍により攻撃された」ことを理由に、ロシア軍に対し反撃開始。同社の戦闘員集団は、あっという間にウクライナから国境を越えてロシアに戻り、モスクワに向かって進撃を続け、一時はモスクワ市長が「赤の広場」を閉鎖する事態にまで発展しました。最終的には、625日に、ベラルーシ政府の仲介によりワグネル社とロシア政府の間で合意が成立。プリゴジンおよび今回のモスクワ進軍に参加したワグネル戦闘員を罪に問わない、という条件で、プリゴジンは戦闘員を撤収し、自身もベラルーシに出国することに同意し、「プリゴジンの乱」は48時間余りで幕引きとなりました。

ですが、引き続き、この事件の余波は続いています。特に、今回、傭兵集団が、正規軍であるロシア軍をあっけなく蹴散らして、ものすごい速さでモスクワに向かって進んだこともそうですが、何より、ロシア政府を大っぴらに批判していたプリゴジンが、「おとがめなし」となったことが、ワシントンでは衝撃を以て受け止められました。政府をおおっぴらに批判しても、実力部隊を抱えていれば、政府に対抗できることを、今回の事件が示してしまったからです。ワグネル社と気脈を通じている人間がロシア軍、それも幹部クラスにかなりの数がいるとも言われています。

ワシントンでは、プーチン大統領の権力基盤が、実は、かなり弱体化しているのではないか、という推測につながり、今後のロシア・ウクライナ戦争への影響だけではなく、ロシア内政混乱のリスクについても分析が行われています。とはいえ、プリゴジンについては、「プーチンが暗殺を命令した」という報道も出てきており、予断を許しませんが……。

外交が大荒れの一方、内政でも大きな出来事がありました。629日に最高裁が、これまで数十年、進学や就職の際に考慮されてきた「アファーマティブアクション」が、憲法修正第14条で定められている「何人も平等に保護を受ける権利がある」という条項に反しているという判断を下したのです。1961年に、当時のケネディ大統領が署名した大統領令に基づいて定められた「アファーマティブアクション」は、性別や皮膚の色に関係なく、すべての人が平等に進学や就職の機会を与えられるようにすることを目指して始まった制度でした。ですが、年月が経つに伴い、近年では、少数派に有利な「逆差別」になることが指摘されるようになってきていました。629日に最高裁が下した判断は、保守的な学生のグループが、ハーバード大学とノースカロライナ州立大学の、出願者の人種を念頭に置いた、アファーマティブアクションに基づく入試選考のガイドラインが、アジア系アメリカ人に対する逆差別になっているとして同大学を訴えたケースに対するもので、最高裁がどのような判断を下すかが注目されていました。このケースに対して最高裁は、同大学の入試の合否に関するガイドラインは、すべての人が平等に保護される権利を有していると定める憲法修正第14項に違反しており、すべての大学は、合否判定に、人種を一切、考慮してはならない、という判断を下し、事実上、アファーマティブアクションが違憲であるという判断となり、同制度が今後、存続していく可能性は限りなく低くなりました。

当然、学校関係者を始め、多くの人はこの最高裁判断を厳しく批判しています。ですが、その一方で、72日にABCニュースが報じた、今回の最高裁判断に関する世論調査によれば、過半数の人が最高裁による判断を支持しているという結果が出たことからもわかるように、アファーマティブアクションに批判的な層が、潜在的にかなりの数、存在する可能性も示唆されています。

思い起こせば、ちょうど去年の今頃も、最高裁が、女性の妊娠中絶に関する権利について各州にゆだねる判断をしたことで、実質的に、女性が妊娠中絶を選ぶ権利は憲法で保障されている、としてきた判例を覆し、全米が大揺れに揺れました。今回のアファーマティブアクションに関する判断も、かなりのインパクトです。トランプ前政権時代に、3人の保守派の判事が最高裁判事に就任したことで、最高裁判事の間の保守対リベラルのバランスが、保守6名、リベラル3名と保守系判事に大きく傾いている現状が、少しずつボディブローのごとくきいてきているように思います。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員