外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2023年6月9日(金)

デュポン・サークルだより(6月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


今週のワシントン(というより、アメリカ全土という感じですが)は、お隣のカナダの森林火災の影響で空気の質が最悪。毎年、夏になると、「今日の空気の質はコード・レッドです! 屋外での活動は控えてください!」という言葉を天気予報の時によく聞くのですが、この2-3日で、「色」で示す空気の質ランキングで最悪なのは「マルーン(栗色)」なのだという新発見がありました。ちなみに、これを書いている68日の空気の質は、「マルーン」と「赤」の間の「紫」。学校は軒並み、屋外での活動を中止、屋外プールも閉鎖。プロサッカーでは、今年のW杯優勝国アルゼンチンのエース、リオネル・メッシがマイアミのチームへの移籍を67日に発表。珍しくアメリカのサッカー界が異常な盛り上がりを見せる中、8日プレーが予定されていたプロ野球のナショナルズ対ダイヤモンドバックスのデーゲームも順延です。台風が通過したばかりの日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンは、2024年大統領選挙に向けて、共和党側の予備選がますます混戦模様になることを窺わせる展開が大きなニュースとなりました。最大のニュースは、なんといっても、67日に満を持してマイク・ペンス前副大統領が出馬宣言をしたこと。トランプ前大統領がすでに出馬宣言をして、共和党サイドでは支持率で首位を独走中。大統領経験者が再出馬宣言をするのもあまり例がありませんが、副大統領経験者が予備選で、自分の元上司に戦いを挑むのも史上初。トランプ前政権時代は、決して自分の上司の批判をせず、与えられた職務を黙々とこなしていたペンス前副大統領ですが、7日の出馬宣言演説では202116日の連邦議事堂襲撃事件に触れ、「あの日のトランプ大統領の言動は、危険を顧みないものだった。彼の言動は、私の家族を含め、あの日、議事堂にいたすべての人の命を危険に晒した」「あの日、トランプ大統領は私に、彼を選ぶか、米合衆国憲法を選ぶかの選択を迫り、私は憲法を守ることを選んだ。これからも憲法を選ぶ」と発言、トランプ前大統領と全面対決する姿勢を鮮明にしました。また、ペンス前副大統領が出馬宣言した前日の66日には、クリス・クリスティー元ニュージャージー州知事が出馬宣言。2016年大統領予備選でトランプ候補(当時)に敗れたあと、一時はトランプ前大統領のアドバイザー的役割も果たしていた彼ですが、202116日の連邦議事堂襲撃事件を機にトランプ陣営とは袂を分かった同元知事。どちらも「トランプ前大統領と全面対決できるのは自分だけ」という立場からの選挙戦を展開するようです。

知名度全国区の二人だけではありません。6日には、知名度ゼロのダグ・バーガム・ノースダコタ州知事までが出馬宣言。一部のメディアで「何だこりゃ?(what the heck?)候補」というあまりありがたくないニックネームをもらったバーガム知事、ノースダコタ州で生まれ育ち、大学時代に学費を捻出するために、煙突掃除のアルバイトまでした苦労人。ちなみに、このアルバイトの経験をベースに、煙突掃除会社を大学在学中に起業しています。地元の大学を卒業した後は、スタンフォード大学経営大学院でMBAを取得、その後はITビジネスに身を投じ、地元でITソフトウェア企業を立ち上げた企業人でもあります。「進化する経済の時代の新しいリーダー」と銘打ったウェブサイトのトップページにいくと、ジーンズにGジャン、カウボーイハットの同知事が、ほとんどペアルックの奥さんと肩を組んでいる写真が出てきて、カントリー・ウエスタンさながらで、経歴とのギャップが面白い人物です。「アメリカ経済を軌道に乗せるには、一般の労働者が何を求めているかを本当に理解できる指導者が必要だ!」と主張していますが、「何だこりゃ?」候補のままで終わってしまうのか、意外に支持を広げるのか、今後が注目されます。

そんな中、68日にはパット・ロバートソン師逝去のニュースも飛び込んできました。19303月生まれの同師は、宣教師出身で、1988年大統領予備選に共和党候補として出馬。その後、クリスチャン放送ネットワーク(Christian Broadcast Network)というケーブル局を立ち上げ、「700クラブ」というトークショーの司会を長年務めた同氏は、「キリスト教右派の父」といっても過言ではありません。同氏の逝去は、何となく、一つの時代の終わりを感じさせます。奇しくも、マイク・ペンス前副大統領は非常に信心深く、政治信条もロバートソン師にとても近い候補。同師が死去したことで、「キリスト教右派の新しいリーダー」として自らを位置付けて選挙戦を戦うことも可能になりました。元上司であるトランプ前大統領とのバトル・ロワイヤルの結末やいかに、といったところでしょうか。

この原稿を書いている際、トランプ前大統領が「機密文書の取り扱いをめぐる7つの容疑で連邦法により起訴され、来週火曜日にマイアミの裁判所に出頭を求められている」という大ニュースが飛び込んできました。次回はこの動きを中心にレポートします。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員