外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年5月8日(月)

デュポン・サークル便り(5月2日)

[ デュポン・サークル便り ]


先週は、初夏を思わせる暖かい(暑い?)日が続きましたが、今週はお天気が一変。朝晩は、冬物のコートが必要なぐらい、肌寒くなりました。今のところ、日中は春らしい、暑すぎず寒すぎずの、いい塩梅のお天気が続いていますが、週末は大雨になる予想です。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

こちらワシントンでは在スーダン米大使館閉鎖、大使館員の国外退避など、国際ニュース面でも大きなニュースが続いています。外交関連でいえば、先週最大のニュースは、韓国の尹锡悦大統領夫妻によるワシントン公式訪問でした。米韓同盟70周年という大きな節目の年の公式訪米となった尹大統領は、424日にワシントンに到着後、ホワイトハウスでの米韓首脳会談関連の公式行事の他、在米韓国系アメリカ人との集い、カマラ・ハリス副大統領の案内によるNASA視察、アーリントン墓地での献花、バイデン大統領夫妻の案内による朝鮮戦争メモリアル視察、アントニー・ブリンケン国務長官およびロイド・オースティン国防長官との会談を含む、盛沢山の日程を4日間にかけてこなしました。また、今回の訪米には、韓国企業112社の幹部が、韓国経済界を代表して同行。そのため、尹大統領自身も、テスラ社のイーロン・マスク会長や、ストリーミングのコンテンツを提供する大手のネットフリックス社のテッド・サランドス最高経営責任者など、米大企業の経営者とも個別会談。尹大統領の訪米中に、ネットフリック社の韓国向けコンテンツへの大規模投資や、ジェネラル・モータース社とサムスンSDI社の、電気自動車バッテリー製造の米国内生産を見据えた提携なども発表されました。

また、尹大統領はワシントン訪問最終日の427日には、2015年に当時政権復帰後、2年半余りが経過した故安倍総理も演説した米議会上下両院合同本会議で演説。BTS、ブラックピンクなどのKポップの人気グループや、映画「パラサイト」や「ミナリ」などへの言及も交えながら英語で行われた尹大統領の演説は、韓国にあまり詳しくないアメリカ人(連邦議会議員を含む)でも何となく馴染みがあるコンテンツを多く持っている韓国の強みを生かしたものになりました。しかも、北朝鮮による核・ミサイルの脅威への対応に関する部分では、米韓日安保協力の重要性に言及。日本に関しては恨み節が出がちな韓国大統領の演説としては異色のものとなりました。また、前日の26日に開かれたバイデン大統領夫妻主催晩餐会では、お土産として、アメリカ人の人気歌手ドン・マクレーン氏のサイン入りのギターを贈呈された際に、即興で同氏のヒット曲「アメリカン・パイ」を歌い始め、会場を沸かせました。

とはいえ、今回の尹大統領の訪米は、外交・安保面では、4月上旬にリークされた機密文書の中で、米情報機関が青瓦台を盗聴しているという記述が含まれていることが明らかになり、さらに北朝鮮による挑発行為のペースが上がる中、韓国内で再び「核武装論」や米国の戦術核導入を求める声が頭をもたげ、経済・通商面では、バイデン政権下で成立した半導体のサプライチェーンに関するCHIPS法の韓国企業への影響が懸念されるなど、多くの懸案を抱えた中での訪米でした。そんな中、外交・安保面では、米韓同盟が「鉄壁(iconclad)」であることが確認され、また、拡大核抑止の一環として米国の原子力潜水艦の韓国配備が発表されるなど、韓国内では批判の声もありますが、尹大統領にとっては一定の成果を上げることができた訪米だったといえるでしょう。

その一方、アメリカの内政は、相変わらず波乱含み。債務上限引き上げをめぐる交渉は暗礁に乗り上げたまま、ついに51日には、ジャネット・イエレン財務長官が「1か月以内に債務上限の引き上げが行われなければ、米国は財政破綻する」と発言しました。さすがにここにきて、これまで「債務上限の引き上げは前提条件なしで行われるべきだ」という線から一ミリも妥協する姿勢を見せてこなかったバイデン大統領も、歳出大幅削減を条件にした債務上限引き上げ法案を数票差で可決させます。これには「あとはバイデン政権と上院次第」という立場を崩してこなかった共和党のマッカーシー下院議長も、さすがに少し軟化。510日(火)にはバイデン大統領が上下両院の民主、共和両党の指導部をホワイトハウスに招待する形で、債務上限引き上げをめぐる交渉が行われることとなりました。

さらに、427日には、202116日連邦議会議事堂襲撃事件について大陪審で行われている審議でマイク・ペンス前副大統領が証言。7時間に亙り行われた証言の内容は明らかにされていませんが、前副大統領が自分の元上司である前大統領についての証言をすることも前代未聞なら、2024年大統領選に出馬を検討していると言われるペンス前副大統領が、出馬すれば対抗馬となるトランプ前大統領が犯した可能性のある違法行為について証言をするというのは、もはや異次元の世界。「前代未聞」「前例がない」という前ぶりがあまりにも多すぎて、だんだん不感症になってきてしまっている自分が少し怖い、今日この頃です。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員