外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年4月17日(月)

デュポン・サークルだより(4月17日)

[ デュポン・サークル便り ]


この週末、ワシントンは、毎年の人気行事である「桜祭り」が大詰めを迎えました。415日には恒例のパレードが行われ、ダウンタウンでは、大統領が就任式後にパレードをすることで知られるペンシルベニア通りの一部のエリアで「桜祭り」が開催され、日本食の屋台やJ-POPのコンサートなどの催し物でにぎやかになりました。「桜祭り」開催中は、このエリアは歩行者天国状態に。お天気にも恵まれ、桜は残念ながらピークを過ぎてしまいましたが、「ポスト・コロナ」後初の本格的な桜祭りとなりました。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週から今週にかけての最大のニュースは、なんといっても、米軍の機密文書がネットのチャットグループアプリ上に大量流出したことです。44日のドナルド・トランプ前大統領の罪状認否のための出頭・逮捕の興奮も冷めやらない456日ぐらいから、米国のメディアが一斉に米軍の機密軍事文書がソーシャル・ネットワーク・サイト(SNS)の「ディスコード」に流出していることを報道し始めました。事件そのものは、413日にマサチューセッツ州空軍に情報将校として勤務していたジャック・テシェイラ容疑者が逮捕されたことで一つの区切りとなりましたが、流出した機密文書の内容に関する報道はまだまだ続いています。今日(16日)付のワシントン・ポスト紙では、「台湾の国防当局者は、中国からのグレーゾーン攻撃を台湾がしっかりと跳ね返す自信がない」という評価をした文書が含まれていることが報じられたばかりです。その外にも、月末に尹大統領が公式訪米を控える韓国も、米国が韓国政府の通信を傍受していることを示唆する文書が流出したようです。ロシア・ウクライナの戦況については、ウクライナ軍が保有する物資量、軍の能力で不安が残る点など、まさにこれからの戦いに直結する情報が含まれているとも言われています。このため、当面の間、アメリカは対外的には、漏洩した機密文書で言及されている同盟国やパートナー国に対する「お詫び行脚」が続きそうな気配です。

対外的にも大問題の今回の事件は、情報管理の難しさを改めて浮き彫りにしました。つまり、どれだけ対外的情報漏洩を防ぐための措置を徹底しても、今回の事件のように、機密情報にアクセス権限をすでに持っている人間による機密漏洩をどのように防ぐかは、まだまだ課題が残る分野だということです。

というのもクリアランスを持っている友人によれば、今回流出した文書の機密分類は、情報ユーザー側はその問題に関して知る必要がある人にしかアクセス権限がないだけではなく、そのような文書を見る時には「奥の院」のような部屋に通され、インテリジェンス・オフィサー立ち合いの下でのみ文書の閲覧が可能。その後、口頭でブリーフィングを受け、当然、事後、文書を持ち出すことは不可能なレベルのものだということ。ですが、そのようなブリーフィングを準備する側のインテリジェンス・オフィサ―は、情報のプロバイダーとしてかなりの情報にアクセスする権限を持っています。まさに今回の事件は、情報プロバイダー側の人間が文書を漏洩したケースなので、同様の事件の再発をどのように防止するか、というのは、実は、かなり難しい問題なのです。

例えば、今回の事件では、機密文書流出先のSNS「ディスコード」に注目が集まりました。「ディスコード」は普通の若者の間で、WhatsAppその他のSNSと同じように、情報交換や友人・仲間同士の連絡などに気軽に使われるプラットフォームですが、今回の事件後、国防省記者ブリーフィングなどで、メディア側から「国防省として、このようなSNSサイトを機密情報の流出などがないかどうかモニタリングすることは考えていないのか」といった質問が相次ぐようになりました。

確かに、機密情報流出は重大事件です。特に、今回の場合は、ウクライナの戦力情報や、台湾防衛に関する問題など、米国内でも安全保障上、関心が高い問題について、かなり機密度の高い文書が流出していますし、何しろ、情報を漏洩された側の国防省の対応も、オースティン国防長官がこの件について報告を受けたのが、メディアで既に事件が報じられ始めていた46日、と後手に回った感が満載。前述のような問題意識が提起されるのは当然といえば当然でしょう。

ですが、国防省がこのようなSNS上のやり取りをモニタリングする、ということは、それがたとえ機密文書管理上の観点からであっても、一歩間違うと「米軍が、命をかけて守るべき対象の自国民を監視する」事態につながりかねない問題になります。つまり、ただなんでもかんでも監視すればいい、という問題ではないのです。

いずれにせよ、まだまだ、この問題は余波が広がりそうな気配。ウクライナ関連情報をめぐるダメージ・コントロールはもちろん、米国が通信を傍受していることが明るみで出てしまった韓国の尹大統領の公式訪米も月末に迫っています。まずはこれらの問題についてどのような対応をとるのかが、アメリカとしては大きな課題になるでしょう。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員