外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年4月3日(月)

デュポン・サークルだより(4月3日)

[ デュポン・サークル便り ]


先日まで桜が満開だったワシントンですが、この週末の雨と強風のため、たくさんの桜が散ってしまいました。ワシントンの毎年の人気行事である「桜祭り」の最大のイベントであるパレードが行われる頃には、ほとんど葉桜になってしまっていることでしょう。日本でも、桜の開花宣言が着実に北上しているようですね。皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週の最大のニュースは、明日(44日)に予定されているドナルド・トランプ前大統領の起訴・逮捕です。実は、2週間ほど前の318日に、トランプ前大統領が自らの運営するウェブサイト「社会の真実(True Social)」で突然、ツイッター上で「来年の大統領選挙に向けて首位を走る共和党大統領候補であり、前米国合衆国大統領である私は来週の火曜日(321日)に逮捕されるだろう。みんな、抗議しよう!この国を取り戻すんだ!」と発言し、大きな話題になったばかりでした。ですが、この時は、トランプ前大統領が予測した「321日」になっても、トランプ前大統領は逮捕されず、その後、「また、トランプ前大統領のことだから、わざと、逮捕の事前予想みたいなことをして、ニューヨーク州マンハッタン地区地検の出鼻をくじこうとしただけなのでは」といった雰囲気が漂い始めていたのです。

ところが、331日(金)に、なんと、ニューヨーク州マンハッタン地区地検は、トランプ前大統領を起訴したことを発表、44日にトランプ前大統領の罪状認否がニューヨーク州地裁で行われることが明らかになりました。起訴状の内容は公開されていないため、正確な罪状は明らかになっていませんが、これまでの報道を見ると、罪状は、2016年大統領選挙期間中に、個人弁護士を通じて、ポルノ女優である愛人に口止め料を支払い、この支払いを「弁護士料」とする虚偽の申告をしていた疑惑が中心にあるとみられています。一部の報道によれば、なんと30案件(!)の刑事責任を問われており、うち少なくとも1つは重罪の可能性が高いともいわれていますが、詳細は、今後、明らかになっていくものと思われます。

大統領の弾劾は最近始まったことではありません。「ウォーターゲート疑惑」に直面したニクソン大統領は弾劾される前に辞任。その後も、クリントン大統領が「ルインスキー疑惑」で当時、共和党が多数党を占めていた議会で弾劾裁判を受け、不起訴に、トランプ前大統領も民主党が多数党を占める議会の弾劾裁判を受けて不起訴になっています。ですが、前大統領が通常の刑事責任を問われて起訴され、実際に、本人が裁判所に罪状認否のために出頭を求められ、仮にすぐに釈放されるとは言え、一旦は逮捕され、指紋押収およびマグショット(逮捕された人間がとられる人物写真)を取られる、とすれば前代未聞の出来事です。

当然、共和党議員はケビン・マッカーシー下院議長以下、猛反発。トランプ前大統領を起訴したアラン・ブラッグ検事は、政治的な動機で今回の起訴に踏み切った、と一斉に攻撃しています。それだけではなく、マッカーシー下院議長は、すでに、全米各州の検察官で、政治的な動機に基づいた訴追を行ったものがいないかどうか、特に、2016年の選挙との関連で調査する委員会を下院に設置する可能性を示唆しています。

ですが、実は、トランプ前大統領起訴は、トランプに批判的な人が大歓迎しているかというと、そうでもないのです。例えば、ウエスト・バージニア州のジョン・マンシン上院議員。民主党議員で、トランプに批判的ではありますが、今回の起訴のニュースに対しては「いかなる人も法が及ばない存在であってはならないが、その一方で法が人を攻撃する道具として使われてもいけない」とコメント。CNNコラムニストのファリード・ザカリア氏も、トランプ前政権時代は、トランプ大統領(当時)の政策を厳しく批判していましたが、42日にCNN電子版に掲載されたコラムでは、トランプ前大統領起訴を「どう考えればいいのか、悩んでいる」と発言。「一方で、トランプ前大統領は、富裕層の特権を象徴するような存在」であるとしつつも、彼の起訴に今回踏み切ったブラッグ検事が、起訴の主たる理由に、愛人への手切れ金の不正会計処理を上げている可能性と、ニューヨーク州以外で、ジョージア州ではトランプ前大統領の2016年大統領選直後の開票プロセスに個人的に介入した疑惑をめぐる捜査が進んでおり、こちらの捜査の結果、トランプ大統領がジョージア州務長官を脅迫したという、より深刻な罪状で起訴される可能性がまだ十分に残っている可能性を指摘しながら、「前大統領を起訴するに値する重罪なのか」とも問題提起。「訴追すべき人間(←トランプ前大統領)を誤った罪状(←不正会計処理)」で起訴した一件ではないか、と結論付けています。

ただ、次回の大統領選挙まで1年半あるかどうかのこの時期に、共和党側で大統領予備選トップを走るトランプ前大統領が起訴されたことで、共和党がこの事件にどう対応するかが来年の選挙に直結しかねない事態になってしまったことも事実です。すでに、共和党内では、トランプ前大統領が再出馬宣言しているのに加えて、サウスカロライナ州知事を2期務め、トランプ前政権では国連大使を務めたニッキー・ヘイリー女史が214日に、37歳の若さで立候補を表明したインド系アメリカ人実業家のヴィヴェック・ラムスワミが221日にそれぞれ、立候補を表明、この週末に出馬の意思を表明したエイサ・ハッチンソン元アーカンソー州知事も立候補を表明、とすでに4人も大統領候補が乱立しています。トランプ前大統領は全国区では圧倒的に不人気ですが、共和党内では岩盤の支持層を持っており、今回、前大統領が起訴されたことで、この支持層が、ますますトランプ支持で一枚岩になるのは確実。

ところが、トランプ前大統領「不人気」のとばっちりで中間選挙で当初予想されていたほどの大勝利を得られなかった経験を持つ共和党としては、できれば2024年大統領選挙は、全国的には圧倒的に不人気なトランプ前大統領候補ではなく、トランプ支持層の支持を得つつも、無党派層にもアピールできるような候補で戦いたいのが本音でしょう。しかも、起訴されて公判待ちのトランプ前大統領が予備選をけん引する形で来年の選挙に突入した場合、本来であれば、米国の未来について議論しなければいけない選挙戦で、共和党から出てくるのは、「2016年選挙は盗まれたんだ!」という過去への怨嗟一杯のメッセージばかりとなり、ますますホワイトハウス奪還に必要な無党派層にそっぽを向かれてしまいます。かといって、トランプ前大統領を真っ向から批判すれば、「共和党内では予備選に勝てない」と判断したトランプ前大統領が、共和党から大統領候補指名を受けることをあきらめて、1996年大統領選挙に独立系候補として出馬したロス・ペローのように、単独出馬を決断する可能性大です。そうなると、トランプ前大統領の支持層の票が共和党から離れてしまうことは確実で、共和党支持層の票が割れた結果、民主党が「漁夫の利」を得る可能性が高まります。

対する民主党も、現在は、ホワイトハウス以下、ひたすら沈黙を守っています。今回、トランプ前大統領が起訴されたこと、また、起訴理由が「不正会計処理」という「あれだけ何年も調べて、それ?」とつい言いたくなるような理由であることなどから、「司法の政治利用」批判が民主党に向けられる可能性を考えると、あまり表立ってこの件で発言することができないのでしょう。かといって、沈黙を守れば、トランプ前大統領はじめ、共和党側にメディアを独占され、民主党にとって不利になります。まだまだインフレが全米の家庭を直撃する中、不支持率が支持率を上回った状態が続いているバイデン大統領で、このままいくと2024年選挙を戦う民主党にとっても、ハンドリングが難しい状態です。

とにもかくにも、トランプ前大統領が出頭し、罪状認否が行われるニューヨーク州地裁周辺は厳戒な警備体制。NY市警察がFBIに応援要請を出したという話もあります。トランプ前大統領も、この前日の43日、このコラム掲載の半日後に、マール・ア・ラーゴからテレビ演説を行う予定だとか。今週前半は、この件でアメリカは大騒動になりそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員