外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年3月13日(月)

デュポン・サークル便り(3月13日)

[ デュポン・サークル便り ]


先週まで、半袖短パンで歩き回る人も多かったワシントンですが、ここにきて、急に寒い日が続くようになりました。週末はなんと、みぞれまでちらつき、強い風(しかも、「春一番」ではなく「木枯らし」)の影響で体感温度は気温の数度下に・・・。今週も気温の乱高下が続きそうです。先週までの暖かさで桜はほぼピークに近づきつつありますが、こんな天気だと桜があっという間に散ってしまわないか心配です。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

先週から今週にかけての最大のニュースは、バイデン大統領による来年度の連邦予算案の発表です。39日に発表されたこの予算案では、今後10年間で、連邦政府の財政赤字を3兆ドル削減することを目標に掲げ、その上で、来年度の予算は

  • 国防省予算を含む国家安全保障関連予算3%増額
  • 国防予算以外の各省庁の予算については、全体で7%の増額
  • 年収1億ドル以上の富裕層に対する課税率を最低25%に引き上げ
  • 法人税を現行の21%から28%に引き上げ
  • 年収40万~45万ドル台の世帯に対する所得税率を現行の37%から396%に引き上げ

などとしています。これら歳出増額分の財源と、メディケアや社会保障などのソーシャル・セイフティーネットを拡充するための財源は、所得税率の引き上げなどを通じた歳入増額で賄うようです。

富裕層を狙い撃ちにした増税が含まれているこのバイデン大統領の予算案に対し、共和党は猛反発。この週末は、ケビン・マッカーシー下院議長を含め、多くの共和党議員がメディアに登場し、「バイデン大統領の予算案は死に体(Dead on arrival)」という主張を始めています。

ですが、共和党にとって悩ましいのは、この予算案をめぐる審議を並行して、2024年大統領選を見据えた国内政治の動きも加速していくということ。バイデン大統領は、この予算案の発表をホワイトハウスでも連邦議会議事堂でもなく、ペンシルベニア州フィラデルフィアで行いましたが、これは決して偶然ではありません。ペンシルベニア州といえば、大統領選挙ではここ数年、常に「激戦州」指定されるほど、民主・共和両党による票の奪い合いが激しい場所。昨年の中間選挙の際には、同州選出の上院議員選で、テレビで一躍有名になった整形外科医の「ドクター・オズ」がトランプ前大統領の後押しで本選候補とはなったものの、民主党のジョン・フェダーマン氏に敗れたため、「トランプが推す候補は本選では勝てない」ことを印象付けたばかりです。

今回のバイデン予算の大枠は「富裕層への課税率を上げて、そこから得る歳入をメディケアなどのソーシャル・セーフティ・ネットの財源に回す」「国防予算は減額しない」「財政赤字を10年間かけて3兆ドル減額する」内容です。ということは、共和党側の「予算均衡」「国防予算への支出堅持」、「社会保障関連予算は減額しない」という主張をかなりの部分、取り入れた印象が強いものになっています。バイデン大統領はかねてより、下院共和党に対して「こちらが案を出すから、そちらも案を出してくれ。話はそれからだ」と主張していますが、大統領が一歩先に予算案を発表したこともあり、今後は、下院共和党が、ただ「ノー」を突き付けるのではなく、どのような代替案を出してくるかに注目が集まることになります。

ただ、バイデン政権にとって痛いのは、310日に、シリコンバレー銀行が倒産したこと。同行はカリフォルニア州を中心にした先端技術を扱うスタートアップ企業が融資を受けられる主要な銀行でした。その銀行が破綻したことで、シリコンバレーを含む先端技術業界では激震が走っており、この余波がアメリカ経済全体に及ぶ可能性が懸念されています。ただでさえ、インフレがうまく抑制できず、一般家庭の台所事情は厳しくなる一方。万が一、今回のシリコンバレー銀行倒産を引き金に、リーマン・ショックのような事態が起こったら、バイデン政権にとっては大きな逆風となります。

このような状況に、さらに、債務上限引き上げをめぐる交渉も加わり、バイデン政権と議会共和党の戦いの火ぶたが切って落とされました。さて、どのような結末を迎えことになるのでしょうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員