外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年2月10日(金)

デュポン・サークル便り(2月10日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは相変わらず、寒暖の差が激しい毎日が続いています。ここ1~2日は3月並みの暖かさですが、週末にはまた冬に逆戻り、小雪がちらつく可能性もあるとか。これだけ気温の変化が激しいと、体調管理にも一苦労です。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンの話題はなんといっても、2月7日(火)に行われた一般教書演説です。毎年、2月第1火曜日に行われるのが恒例のこの演説は、大統領が前年の実績をアピールしつつ、その年の政策優先課題を、予算編成上の重点項目も含めて明らかにする最初の大舞台です。

しかも、上下両院の議員が全員、閣僚(万が一の事態に備え、閣僚のうち1名は出席しないのが慣例)、3軍の長、最高裁判事などが勢ぞろいする場でもあります。そして、演説を行う大統領の後ろに控えるのは下院議長と副大統領。これだけ役者がそろえば、様々なハプニングが起こります。トランプ政権最後の年の一般教書演説となった2020年には、演説終了後、ナンシー・ペロシ下院議長(当時)が、「あ~、やっと終わったわ」とでも言わんばかりに、トランプ大統領(当時)から演説前に手渡された演説原稿をビリビリに破いている様子が全米のお茶の間に流れ、翌日のトップニュースとなりました。

今年の一般教書演説は、下院で共和党が多数党の座を奪還して初めてのものということもあり、バイデン大統領が何を言うか、本会議場の雰囲気がどのようなものになるかが、事前から注目されていました。また、この一般教書演説が、バイデン大統領が2024年大統領選挙への再出馬に向けて本格的に動き出す直前のものになる可能性が高いことも一部の政治ウォッチャーの間では早くから指摘されていたこともあり、2020年大統領選挙を「中産階級のためになる国造り」「党派的対立からの脱却」を掲げて戦ったバイデン大統領がどんなイニシアチブを打ち出すかにも関心が集まっていました。

しかし、蓋を開けてみると、今年の一般教書演説は、バイデン政権の残りの任期2年間が波乱含みとなることを想像させるに十分なものになりました。バイデン大統領は、演説の冒頭こそ、マッカーシー下院議長就任を祝い「あなたと一緒に仕事をするのを楽しみにしています」という言葉を贈り、ミッチ・マコーネル共和党上院総務にも「また今年も頑張ろうね」的な言葉を投げかけていましたが、いざ、今後の政策、しかも現在最もホットな債務上限引き上げの話になるとトーンが一変。「共和党議員の中には社会保障やメディケアをいずれ終わらせようと思っている人もいます」と、下院共和党内の保守派グループをターゲットにした発言を連発し始めたのです。

大統領に真正面から挑戦されて、共和党議員側が黙っているわけがありません。テレビ画面では、バイデン大統領から向かって右斜め後ろに座っているマッカーシー下院議長が、首を横に振りながら「そんなの嘘だ(that’s not true)」といっている様子が大写しになり、議場からは大ブーイング。特に、ターゲットにされた下院共和党保守派の広告塔的存在のマジョリー・テイラー・グリーン(議場で一人、ふわふわした毛皮がついた真っ白なコートを着て、ひときわ目立っていました)が「嘘つき野郎!(Liar)」と叫んでいる様子がクローズアップされるなど、騒然とした空気になりました。ですが、党のバイデン大統領は全くひるむ様子もなく、「嘘じゃないというなら、連邦予算削減の具体的なアイデアを見せてもらおうじゃありませんか」とアドリブで反論。イギリスの議会では、党首討論の際に、お互いが野次り合う(?)習慣がありますが、あれとも少し違う、一言でいうと「学級崩壊」に近い状態になりました。事後、政治コメンテーターの多くは、この状態を指して「一般教書演説の際は、多少意見が違っていても、大統領に最低限の敬意を表して酷いヤジは飛ばさないという古き佳き慣習が完全に崩れた」と評していました。

ただ、今回の一般教書演説、個人的には、バイデン政権が浮世離れしているとしか思えませんでした。例えば、バイデン大統領は、演説の中で「インフレは続いているが、インフレの率は下がってきている」「物価高も落ち着いている」など、政権の経済対策が功を奏していることを強調していましたが、連日、スーパーマーケットで、昨年に比べて値段がほぼ倍に跳ね上がった卵やバター、牛乳などの食品を買っている一般の有権者には「この人、何言ってんの」としか思えません。社会・教育問題にしても然り。一般教書演説の中では、「人は誰でも(性別に拘わらず)愛する人と結婚する権利がある」という趣旨の「結婚尊重法」などが強調されていましたが、子供を持つ普通の親の多くは、公立学校で学校が親が知らない間に同性愛やLGBTQなどの社会的概念について、早いところでは小学校低学年ぐらいから教えられてしまうことや、コロナ下で1年以上在宅学習を余儀なくされた子供たちの学力低下が今後与える影響を懸念しています。つまり、政策データとしては正しいけれども、有権者の生活とはかけ離れた世界の話ばかりが展開されたのが今年の一般教書演説だったということ。

そんな中、こちらも恒例の、一般教書演説に対する野党である共和党側の反論に、私は珍しく聞き入ってしまいました。登場したのは、トランプ前政権初期に大統領報道官を務めたサラ・ハッカビー・サンダース現アーカンソー州知事。彼女の父親のマイク・ハッカービー氏も、元アーカンソー州知事で、ひと昔前に大統領選挙に出馬したことがある政治家父娘です。彼女は、演説の中で、「政府のアジェンダは、極端なリベラル主義にハイジャックされてしまっている」「今アメリカが必要としているのは、国と国民にとって正しい判断をする政治家で、政治的に正しいか(politically correctness)どうかで判断をする政治家ではない」などと語りました。実は、トランプ前大統領を支持した人のかなりの人は、別にトランプ前大統領を人として支持していたわけではなく、このpolitically correctness が過剰になり、息苦しさを感じている人たちで、トランプ前大統領の型破りな言動に、一種のそう快感を覚えた人たちだったからです。メディアではほとんど取り上げられなかった共和党の反論ですが、実は、こちらの演説のほうが、有権者の視線に寄り添った演説だったような気がしてなりません。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員