外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年2月6日(月)

デュポン・サークル便り(2月6日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、暖冬が続いたと思ったら、ここ数日は、過去にない冷え込みを見せています。特に23日(金)は、ワシントン近郊は強い木枯らしが吹いたこともあり、体感温度はマイナス7度の寒さとなり、昨年末のクリスマスの季節と同じぐらいの冷え込みとなりました。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週の一大イベントはなんといっても、7(火)に予定されるバイデン大統領の一般教書演説。毎年「米国民の皆さん、わが国の現状は・・(My fellow Americans, the state of our country is…)」というオープニングで始まることがお決まりのこの演説は、大統領が議会に来年度の予算を提出する前に、今後一年、政権が重要視する政策課題が取り上げられるもので、米国内では注目の的になります。また、この演説に伴い、演説で語られる内容に沿ったゲストが招かれるのも恒例。今年は、すでに、先日、ミシシッピー州メンフィスで29歳の黒人男性が、全員黒人の警察隊に逮捕の際に受けた暴行が原因で死亡した事件を受け、このなくなった男性の家族が演説に招かれることが明らかになっていることから、一般教書演説では警察・刑事司法改革がトピックとして取り上げられることは確実といわれています。

また、一般教書演説そのものもそうですが、毎年、演説後に、野党代表が行う反論を誰が行うのかも、アメリカの政治オタクの間では注目の一つ。例えば、2020年の一般教書演説の際に、当時野党だった民主党側の反論を行ったグレッチェン・ウィットマー・ミシガン州知事は、この演説がきっかけとなり知名度全国区に。2021年大統領選挙の際には、副大統領候補の一人として名前が挙がっていました。

そんな一般教書演説への反論ですが、今年は奇妙な現象が。野党である共和党から、トランプ前政権初期にホワイトハウス報道官を務めていたサラ・ハッカービー・サンダース現アーカンソー州知事とホアン・シスコマニ下院議員(アリゾナ州選出)が反論を行うことがすでに決定していますが、それに加えてなんと、民主党内でも超左派のデリア・ラミレス下院議員(イリノイ州選出)が、一般教書演説と、共和党側の反論の両方に「反論」するのだとか。身内での路線対立がマッカーシー下院議長の選出以降、ことあるごとに露呈している共和党ですが、民主党も実は同じような状況にあることをうかがわせるエピソードです。

そんな米国政治にとっての一大行事の一般教書演説を控え、先週から今週にかけては外交が大揺れです。なんと、中国の「偵察風船」が米領空に侵入。数日間、米国上空で飛翔を続けた結果、24日(土)には、北米大陸の防衛を担当する北方軍に所属するF22戦闘機によってサウスカロライナ州沖で撃墜され、飛翔体の大部分が米軍によって回収されるという事件が起こりました。飛翔体撃墜直後の24日に発表されたプレス・リリースの中で国防省は、「中華人民共和国に帰属するこの風船は、米大陸内の戦略的重要拠点を偵察するために用いられていた」と断言。中国の偵察風船が米上空を飛行中であることが初めて公にされたのは、22日(木)ですが、4日に発表された国防省ステートメントでは、事案を公表する前日の21日(水)の段階で、国防省からの提言に則り、バイデン大統領がすでに「米国市民に不当な被害が及ばない場所での撃墜を認める」決定を下していたことにも触れ、北方防空司令部(NORAD)の一翼を担うカナダ政府とも綿密な協議を行った結果、サウスカロライナ州沖の米領海上で、風船を撃墜したことを発表しています。しかも、この事案を理由に、米側は、アントニー・ブリンケン国務長官の訪中を中止することを決定。バイデン政権が今回の事案を看過できないものと考えている姿勢を明確にしました。

米側の国防専門家の反応も一様に「偵察衛星を使って情報収集することは中国にとって簡単なはず。今回の事案は、中国政府が、バイデン政権がこのような事件が発生した場合に、どのように意思決定を行うのか、どのような決断を下すのか、を見たかったのだろう」といたって冷静です。共和党からは「なんでもっと早く撃ち落さなかったんだ」という批判の声も上がっていますが、下手にこの風船が地上を通過中に撃墜していたら、場所を間違えば、一般家屋などに被害が及んでいた可能性もあるわけで、領海内に出たところを狙って撃墜した判断は、正しかったというのがおおむねの評価でしょう。

中国政府は、この飛翔体は「気象観察飛行をしていたものが、アクシデントで軌道から外れてしまい、米国上空に入ったもの」として、軍事偵察飛行体であることを頑なに否定し、米軍がこの飛翔体を撃墜したことについて「過剰反応だ」「中国はこの行動に対し、相応の報復措置をとる権利を有する」などと大騒ぎ。ですが、無理もありません。この巨大風船が撃墜された地点は、米国領海内。破片などの回収は、すべて米海軍と沿岸警備隊によって行われており、この巨大風船にどのような機材が搭載されていたのかなどについて詳細な分析が行われることは必至。また、今回の事案により、せっかく、米中間の外交対話の皮切りとなるはずだったブリンケン国務長官の訪中も延期。思わぬところで、自国の情報集能力の手の内をさらす結果になってしまいました。中国側の反応はバイデン政権にとっても想定内でしょう。

ただし、今回の事案は、一見、偶発的事故に見える事案が、数日間のうちにも軍事的緊張にエスカレートしてしまうことを証明したエピソードでもあります。エスカレーションを回避しようにも、現在の米中のように、政府間での対話がほぼ成り立っていない状況では、事態のエスカレート防止のための外交的努力をする時間的余裕もほとんどないことも明らかになりました。一般教書演説のわずか数日前に発生した今回の事件、残り2年を切ったバイデン政権の対中政策にも大きな影響を与えそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員