外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2023年2月1日(水)

デュポン・サークル便り(2月1日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンはここ数年にないほどの暖冬です。12月以降、冬用のコートが夜間も含め外出時に必要な日は、もう1月も終わりを迎えようかというのに、ほとんどありません。日本は記録的な寒さが各地で続いているようですが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ワシントンは、年明けから波乱含みの内政が、相変わらず大揺れです。バイデン大統領の、本来であればオバマ政権終了時に国立公文書館に引き渡されるべきだった機密文書がデラウエア州の自宅(しかも、発見された場所がなんと、自宅のガレージという杜撰さ)や、自分の名前を冠した非営利団体のオフィスから次々に発見されるという大チョンボが発覚したことは、前号でお伝えした通りですが、なんとペンス前副大統領にも同様の疑惑が発生。これまで「機密文書を持ち出したことは一切ない」と主張していたペンス前副大統領が、「念には念を入れて」ということで、機密文書の取り扱いの経験が豊富な弁護士であるマット・モーガン氏に、インディアナ州の自宅のチェックを依頼。そのチェックの結果、自宅から、国立公文書館に引き渡されるべきだった文書が段ボール4箱発見され、その中にいくつか「機密」指定がされた文書が発見されたということです。

ここまでくると、歴代大統領、副大統領、いったい文書管理はどうなってるの、と言いたくなりますが、実は、本件が発覚した後のペンス前副大統領の対応は、立派でした。報道が事実だとすれば、機密文書が見つかったあと、直ちにペンス前副大統領顧問弁護士は、国立公文書館に通報。公文書館から通報を受けたFBIは、その日のうちに機密文書だけ先にFBIに引き渡すことを求め、ペンス前副大統領は直ちに了承。同じ日の夜に、FBI捜査官がペンス前副大統領の自宅から問題となった機密文書を引き取りました。さらに週明けの123日にはペンス前副大統領の顧問弁護士が、残りの文書を、インディアナ州からわざわざ自分でワシントンンの国立公文書館に配達。しかも、127日には、フロリダ州で出席していたイベントの会場でこの問題について自分でことの経緯を説明。「事態の責任は自分にある」と潔く責任を認めてしまったのです。そのせいかどうかわかりませんが、広がり続ける「バイデン機密文書騒動」とは対照的に、ペンス前副大統領の件については、それほどメディアで広がることもなく、なんとなく収束してしまいました。2024年大統領選出馬に意欲を持っていると言われるペンス前副大統領、この手の話は素早く火消しをしたかったのだと思いますが、それにしても、危機管理のお手本のような対応は見事でした。

ただ、ペンス副大統領の機密文書持ち出し事案がそれほど広がらなかったもう一つの理由は、この事案が発生したのとほぼ同時期に、米国が債務上限に達したという事実を財務省が公表したことでしょう。数か月以内に、債務上限を引き上げることができなければ米国が財政破綻するという、いわば崖っぷち状態に立っていることが分かり、それ以来、連日、この関連ニュースがトップで報じられているのです。

アメリカ連邦政府が債務上限に達したのはこれが初めてではありません。ですが、ブッシュ(父)政権以降の歴代政権は、債務上限を引き上げることで議会と合意に達しつつ、米国が財政破綻をする事態を回避してきました。米ドルの国際金融市場での信用度が高いのも、これまで米国が財政破綻を宣言したことがないからです。

ですが、今回はどうやらこれまでとは少し雰囲気が違います。理由は、前回の「デュポンサークル便り」でも触れた共和党内の強硬派の存在です。この強硬派の議員は「債務上限引き上げに同意する代わりに、今後10年以内に連邦政府予算を均衡させるために歳出削減をすることに政権がコミットする」ことを求めています。予算均衡(balanced budget)は。古くは1990年代にクリントン政権が、財政健全化の一環として掲げていた政策目標。国が債権を発行し続けることで将来の世代に対する借金をし続けることを防ぐ、というこの目標自体は健全なものですが、問題は、予算を均衡させるために解消しなければいけない債務の額が、クリントン政権時代よりも、はるかに膨れ上がっていることです。当時の状態を考えれば仕方なかったこととはいえ、トランプ政権後半、コロナウイルス対策のために、議会が一時、債務の限度額を設定することを止めたことも手伝って、米国の債務総額は現時点で33兆ドルを超えています。これを10年間で解消しつつ、さらに、連邦政府として必要な支出を続けるためには、10年計画の1年目に予算を1.5億ドル圧縮、さらに、残りの9年間で14兆ドル近く予算を削る、という大ナタを振るわなければならないと言われています。一言でいえば、余り現実的な政策目標ではないわけです。

問題は、この目標を推す一部強硬派の共和党議員は、自分たちの目標が達成できなければ、「財政破綻?上等じゃないか!」という姿勢を頑なに貫いているということ。つまり、せっかくホワイトハウスと議会の共和党指導部で何らかの合意に達しても、下院共和党議員のこのグループが首を縦に振らないと、せっかくの合意が台無しになるリスクがあるということです。

しかも、前号でお伝えしたとおり、マッカーシー下院議長は、議長になりたいばかりに、このグループに対して妥協に次ぐ妥協を重ね、下院議事規則の中に、一人の陣笠議員に、実質的に下院議長不信任案を発議できる、という項目を復活させてしまいました。このため、下院議長も、共和党側の下院ナンバー2の筆頭幹事も、「少数の横暴」に気を遣わなければいけない構図が下院共和党内では出来上がってしまっているのです。

こんな様子を見ている民主党側は、バイデン政権と議会民主党指導部で債務上限の引き上げをめぐり何らかの合意に達することができれば「下院では、民主党が数名の『良識ある』共和党の下院議員と一緒に投票して法案を可決し上院に送付する」(ハキーム・ジェフリーズ民主党上院院内総務)という立場を貫いています。確かに、下院では、共和党が多数党とはいえ、民主党との議席数の差は一桁。67名の共和党議員が造反すれば、下院民主党議員が一枚岩を貫くことで、法案を可決し、民主党が多数党の座を占める上院に送付することが可能になります。

バイデン政権と共和党の交渉の第1ステージは、21日にマッカーシー下院議長とバイデン大統領が直接、会談することから始まります。今後しばらくは、この問題でワシントンは「てんやわんや」になりそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員