外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年12月28日(水)

デュポン・サークル便り(12月28日)

[ デュポン・サークル便り ]


クリスマスの週末は、前代未聞の大寒波がワシントンDC近郊を含め、全米は東海岸を含め各地を襲いました。空の便も数千便が欠航、雪が深すぎて住民の救助に行けず立ち往生する救急車や消防車の映像が日本でも放映されていましたね。じつは、私は、間一髪で子連れで一時帰国、家族と対面で3年ぶりにクリスマス・年末をお祝いしております。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

早いもので今年最後となってしまった「デュポンサークル便り」。先週1週間だけで、「デュポンサークル便り」が数本書けてしまうほど、いろいろなことが次から次に起きました。今日は、少し長くなるのをご容赦いただき、その中でもトップ2を拾って、書きたいと思います。

一つは、いわゆる「16日委員会」による、トランプ前大統領の刑事告発。122日の報告書全文の正式発表に先立ち、119日に公開された報告書の要約の中で、トランプ前大統領を

  1. 議会の正式な手続き執行の妨害
  2. 米国を騙す(defraud)ための謀略
  3. 暴動の扇動乃至支援
  4. 虚偽の発言を行うための謀略

4つの罪状で刑事告発しました。そもそも、「元」でもなく、ほんの3年前まで大統領職にあった人を議会の調査委員会が刑事告発すること自体がおおごとです。特に、上記の(3)については、トランプ前大統領がこの罪状について有罪となると、憲法修正第14項の「文民あるいは軍で米合衆国あるいは米国内の州で憲法を遵守するという誓約をして公職についた者が、その後、米合衆国あるいは州で反乱や暴動に加担した場合はかかる人物は公職に再びつくことはできない」という条項に抵触する可能性があります。となると、すでに2024年大統領選への立候補を表明しているトランプ前大統領の野望(?)がチャラになるため、委員会の告発が特に重要視されました。要約発表の数日後に発表された全文の中でも、委員会報告書は「トランプ前大統領は二度と公職に就けてはならない」とダメ押しの断罪。これ以降、この委員会による調査自体を「党派がかった偏見に満ちた報告書だ」と糾弾する共和党と民主党の間で対立が激化する一方、トランプ前大統領による2024年大統領選出馬宣言以降、共和党内でくすぶっていたトランプ前大統領に対する批判がついに表面化し始めました。

その一番わかりやすい例がミッチ・マコーネル共和党上院院内総務。クリスマス休暇直前の1223日に放映されたNBCニュースのインタビューで「トランプ大統領の影響力は落ちた」と明言。さらに、11月の中間選挙で、トランプ前大統領が推薦した候補者が、特に上院ではペンシルベニア州やジョージア州など、鍵となる選挙区で次々に破れ、上院で共和党が多数党を奪回する夢が破れてしまったのがよほど許せないのか、2024年大統領選挙では「上院では、良質の候補者をだせるように、自分がもっと候補者選びなどに積極的に関与する」と発言。トランプ前大統領が推薦した候補者が、資質としてはイマイチな候補者ばかりだったから、共和党は上院で多数党の座に返り咲けなかったと言わんばかり。もともと、「トランプ現象」が共和党を席捲するまでは、共和党の次世代を担う政治家と言われていたポール・ライアン元下院議長も、「2024年大統領選挙は、トランプ前大統領以外の候補者を立てることができれば、共和党は勝てる」と発言、物議をかもしていましたが、これまでなんだかんだ言ってもトランプ前大統領を擁護し続けてきたマコーネル共和党上院院内総務まで、「脱トランプ」を宣言。共和党内の動きが俄然、面白くなってきました。

内政が「16日委員会」報告書で揺れている間に外交でも大事件が。なんと、ウクライナのウラジミール・ゼレンスキー大統領がワシントンを電撃訪問。バイデン大統領との首脳会談に臨んだほか、議会合同本会議で演説したのです。常に「最前線で戦時下のウクライナを引っ張る大統領」のイメージを保っているゼレンスキー大統領は、訪米中のいでたちも、おなじみの緑色の長袖Tシャツに迷彩服という戦闘服。アメリカを訪問する外交首脳に与えられる最高の名誉と言われる議会合同本会議の演説にも戦闘服で臨みました。

演説中、民主、共和両党の議員に対する感謝を何度も口にし、第二次世界中の米国を率いたフランクリン・ルーズベルトの言葉を引用、「全てのアメリカ人」への尊敬と感謝を述べ世界中の民主主義を守るためにアメリカとウクライナが、新年を迎えた後も「同盟国」であり続ける必要を訴えたゼレンスキー大統領。演説の中では、ロシア軍をヒットラーのナチスに例える場面もあり、「ロシアを止めるのは今しかない」と訴えました。加えて演説中、一貫して強調し続けたのは、ウクライナは「自分たちで自分の国を守る」のだということ。「ウクライナは米国にウクライナのために米軍兵士の血を流すことは決して求めない」と明言。「ウクライナ軍の兵士が、米国から供与された戦車や戦闘機をきちんと使います」と発言しました。

共和党の中では、膨らみ続ける一方の対ウクライナ軍事支援を「見直すべきだ」という声が上がっており、来年、共和党が下院で多数党になると、対ウクライナ軍事支援のパッケージが縮小される可能性も指摘されています。来年、新会期が始まり、その動きが活発化する前にまさに「先制攻撃」を意図して行われたとしか思えないような、絶妙のタイミングで実現したこの演説。30分弱の演説は、何度もスタンディング・オベーションで遮られ、今年初頭のバイデン大統領による一般教書演説以上の盛り上がりを見せました。来年以降、対ウクライナ軍事支援パッケージの継続を支援するべき、というムードを完全に作り上げたことは確実。民主党の国防政策を「弱腰」と批判することが多い共和党が、バイデン大統領の下で民主党が「自由と民主主義」を守り「ウクライナの自助努力」を支援するために今後も提案していくと思われる支援パッケージに対して「いちゃもん」をつけることが難しくなりました。

前大統領の刑事告発に、戦争真っ只中のウクライナ大統領の電撃訪問、とこれだけでも盛沢山なのに、さらに、台湾への安全保障支援パッケージを強化することを認める条項を含んだ2023年度国防授権法まで成立、クリスマス休暇でワシントンが閑散とする直前の、盛沢山すぎる1週間は、私にとっては、まだまだ消化不良です。

今年も「デュポンサークルだより」をご愛読いただき、ありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員