外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2022年11月9日(水)

デュポン・サークル便り(11月9日)

[ デュポン・サークル便り ]


118日、アメリカは中間選挙を迎えました。選挙戦が終盤を迎えたこの1週間は、どの選挙区でも候補者による「最後のお願い」がヒートアップ。特に、ペンシルベニア州やジョージア州を含む複数の激戦州では、現職、前、元大統領が各選挙区を目まぐるしく横断。すわ、大統領選挙の年かと思ってしまうほどの選挙活動が展開されました。特に上院では、ペンシルベニア州とジョージア州の上院選の結果が重要視されており、このため、投票日前日まで、民主党からは、バイデン大統領、ハリス副大統領はもちろん、いまだに民主党の岩盤支持層だけではなく、無党派層にも人気が高いオバマ元大統領が、また、共和党からは、来週にも2024年大統領選への出馬を発表するのではないかと囁かれるトランプ前大統領が、それぞれ何度も選挙区入り。有権者に「最後のお願い」を熱く訴えました。

本稿を書いている時点では、まだ西部諸州を含む多くの州で投票が締め切られていないため、当然、選挙結果は確定していません。が、去年からジェットコースターのようにめまぐるしく動いた、選挙を取り巻く雰囲気が、投票日直前のわずか1週間で、再び大きく変わりました。現時点での見立てでは、下院は共和党が多数党を奪還するのはほぼ確実、上院も共和党が多数党の座に返り咲く可能性が高まっています。

一時は、共和党が失速しつつあるとも報じられた中間選挙、ここにきて何故、再び共和党が勢いを取り戻したのでしょうか?最大の理由は民主党と共和党が、対照的な選挙戦を展開したことではないでしょうか。

政権を追う立場の共和党は、トランプ前大統領がFBIから家宅捜索を受けるなど、「選挙の顔」の言動に苦労させられた感は否めないもものの、一貫して、普通の有権者が懸念しているインフレや、石油価格の上昇、治安、教育問題などにフォーカス。選挙戦を通じて、バイデン政権による数々の大型歳出が物価上昇や増税につながり、一般家庭の家計をひっ迫している、と主張し、「共和党が多数党になったら、無駄な支出を抑え、経済成長を促進するような税政策(=減税)をとる」と訴え続けました。

実際、一般家庭の家計はひっ迫しています。物価上昇のペースは一時よりは落ち着いたとはいえ、ガソリン価格は去年の今頃の3040%増。中間選挙投票日当日の8日朝も、ワシントン近郊では、メリーランド州でガソリン平均価格が再び上昇傾向に入っていることが報じられました。食料品の価格上昇も止まりません。牛乳、卵、パン、バターなど、毎日の食生活に欠かせないものの価格は、去年の今頃と比べるとほぼ2倍。野菜や肉、魚などの生鮮食料品にとどまらず、缶詰や冷凍食品にも価格上昇の波が押し寄せています。

価格上昇の波にのまれているのは日常生活品だけではありません。中古車の値段は高止まり、在庫不足も深刻です。住宅ローンも、不動産税率上昇にともない月々の支払金額が急増。かくいう私も、つい先日、住宅ローン会社から、来年のローンの支払いが今年と比べて50%増になるという通知を受け取り、いったこれをどうやって家計から捻出するのか、茫然としているところです。

このように共和党は、人々の生活に密着した問題に焦点を置き、「自分たちに議会の多数党を取らせてくれたら、民主党政権の暴走をチェックします」「インフレに歯止めをかけ、皆さんの家計が少しでも楽になるように働きます」と訴えました。これに対して、全米の家庭が物価高に苦しんでいるというのに、民主党は、「妊娠中絶」「女性の『選ぶ権利』」に関するメッセージを中心に据えた選挙戦を展開。選挙戦終盤には、ナンシー・ペロシ下院議長の夫君のポール・ペロシ氏が、地元カリフォルニア州の自宅で保守系活動家に襲撃されたことを受けて「米国の民主主義が危機に瀕している」というメッセージも加わりました。

確かに社会的には重要なのですが、このような問題について喧々諤々と議論ができるのも、生活にゆとりがあってこそ。インフレに歯止めがかからない今、「女性の妊娠中絶の権利を守る候補者に投票しましょう」「米国の民主主義を守るためには共和党に権力を持たせてはいけません!」というメッセージを聞いても、「理想を語る前に、この苦しい生活を何とかしてくれ」と思ってしまうのが、普通の人のリアクションでしょう。つまり、民主党の選挙戦は、一貫して、有権者の懸念に正面から向き合うことができていない、いわば浮世離れした選挙戦だったということです。

ここまで書いていて、2021年大統領選挙の記憶がよみがえってきました。この年は、バージニア州でも知事選が行われた年ですが、この知事選では、すでに知事職も一期経験済み、知名度も全国区のテリー・マコーリフ元バージニア州知事が、選挙前は全く無名だったビジネスマン出身のグレン・ヨンキン候補に破れたのが、知事選挙では大きな話題となりましたが、マコーリフ元知事がヨンキン候補(当時)に破れた最大の理由がこれだったのです。つまり、対立候補のヨンキン氏を「トランプ大統領(当時)シンパ」と決めつけ、いかにヨンキン氏のような保守的政治家を知事職に着けることがバージニアにとって危険か、といういわば理想論を訴え続けたマコーリフ元知事陣営に対して、ヨンキン陣営は、当時からすでに懸念が広がり始めていたインフレやガソリン価格の上昇、公立学校の教育問題のように、普通の有権者が毎日の生活の中で心配していた問題に焦点を絞り、「自分が知事になったら、こういう問題にどのように対応するか」という具体策を提示して選挙戦を戦い、最終的に僅差で知事選に勝利したのです。そういえば、このヨンキン候補の選挙戦略は、選挙直後に、保守系政治コラムニストが「共和党候補者の戦い方、かくあるべし」と強調していたのでした。

ということは、もしかすると、2021年選挙で「選挙の顔」としてはかなり怪しかったトランプ大統領の不人気を跳ね返して当選したヨンキン氏のような候補の選挙手法を学び、対する民主党は、マコーリフ元知事の敗退のような例から何も学んでいなかったということなのでしょうか。。。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員