外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年11月4日(金)

デュポン・サークル便り(11月4日)

[ 2022年外交・安保カレンダー ]


ワシントンは秋の紅葉がほぼピーク。「ようやくいいお天気になりましたね」「またすぐ、寒くなるから、お天気がいい日は楽しまないと」という会話があちこちで飛び交うようになりました。日本の皆様は、いかがお過ごしでしょうか。

アメリカは、いよいよ118日が投票日の中間選挙まで1週間を切りました。選挙戦が終盤を迎える中、どの選挙区でも候補者による「最後のお願い」がヒートアップしています。

今回の中間選挙を取り巻く雰囲気は、この1年で目まぐるしく動きました。去年の夏ぐらいまでは、アメリカを「脱・コロナ時代」に導いた大統領としてバイデン大統領の人気は堅調でした。ですが、昨年夏に、突如、バイデン大統領は、アフガニスタンからの米軍撤退を表明。この米軍撤退がアフガニスタンで引き起こした大混乱が大きな要因となり、バイデン大統領の支持率は急落。加えて今年2月にロシアがウクライナに侵攻したことが契機となって始まったロシア・ウクライナ戦争の影響で石油価格や穀物の価格が急上昇した結果、米国内はインフレとなり、庶民の生活がひっ迫。そもそも、中間選挙自体が「政権選択選挙」というよりも「現政権への中間成績表をつける選挙」という性質のイベントであることもあり、今年前半の段階では、共和党の大勝利が見込まれていました。

ところが、6月に米最高裁が、女性の妊娠中絶の権利は憲法で保障されているとする「Roe v. Wade」判決をひっくり返す判決を出してからというもの、状況は一変。有権者の中間選挙における重要関心事項の中に「インフレ」「経済」に加えて「妊娠中絶」が加わり、一時は、共和党にとって逆風が吹き始めたという見方もありました。ですが、やはり選挙は水物。ここにきて再び、共和党が勢いを盛り返しています。

理由はいくつか考えられますが、最大の理由は民主党の、いわば浮世離れした選挙戦ではないでしょうか。今、最大の話題のインフレを例に挙げて見てみましょう。インフレは、一時より価格が落ち着いたとはいえ、ガソリン価格は去年の今頃の340%増ですし、食料品の価格高騰も、止まるところを知りません。去年の今頃なら賢く店を選べば、牛乳が1ガロン2ドル足らずで買えましたが、今年は一番安いところでも、牛乳は1ガロンあたり軽く3ドルを超えます。卵やバターなど、毎日の生活で使うものにも同じような現象がみられ、全米の家計を圧迫している状態です。生活必需品の値段がだだ上がりを続ける今は、どんなに社会問題などに意識が高い人でも「その話はいいから、このインフレをなんとかしてくれ」というのが本音でしょう。

ところが、全米の家庭が物価高に苦しんでいるというのに、民主党は、「妊娠中絶」「女性の『選ぶ権利』」に関するメッセージを中心に据えた選挙戦をいまだに展開しています。妊娠中絶の問題は、確かに米国の社会を二分しかねない大問題ですが、このような問題について喧々諤々と議論ができるのも、生活にゆとりがあってこそ。インフレに歯止めがかからない今、「女性の妊娠中絶の権利を守る候補者に投票しましょう」というメッセージを聞いても、「今、それですか?」と思ってしまうのが、普通の人の本音でしょう。

また、今回の中間選挙では、アメリカ国内の政治的分断の深さと二極分化の深刻さが改めて浮かび上がりました。最も象徴的なのは、先週の金曜日にサンフランシスコで発生した、ナンシー・ペロシ下院議長の夫君ポール・ペロシ氏襲撃事件でした。ペロシ氏が頭蓋骨にひびがはいる重傷を負ったこの事件、逮捕されたデビッド・デュパペ容疑者は、ペロシ下院議長を攻撃するためにサンフランシスコにある同議長の私邸に侵入したことを認めただけでなく、ペロシ下院議長以外にも、カリフォルニア州議会議員などの政治家を襲撃するつもりだったことも明らかになっています。今回の事件が警備の厳重なワシントン市内の議員事務所や私邸ではなく、ペロシ下院議長の地元で発生したことも問題視され、今後、連邦議会議員とその家族に対する警備体制が改めて見直されることになりそうです。

この事件を受けてバイデン大統領は112日夜、ワシントンDCのユニオン・ステーションで「民主主義に対する脅威」をテーマにした演説を行い、今、アメリカで民主主義が危機に直面していることを、熱のこもった演説で訴えました。ですが、中間選挙直前に行われたこの演説は、「重要な問題であることは間違いないが、今、この時点で、有権者が大統領の口からききたいメッセージではなかった」(CNN)という評価が殆ど。つまり「妊娠中絶とか、民主主義とか、壮大な概念を語る前に、私たちの生活を何とかしてくれ」というのが一般の有権者の本音だというわけです。

民主党にとって更に痛いのは、投票日1週間前を切っても、相変わらずバイデン大統領の支持率が伸びを見せないこと。このため、ペンシルベニアやジョージアなど、激戦が予想される州では、バイデン大統領だけではなく、いまだに民主党支持層や無党派層に圧倒的に人気があるオバマ前大統領をはじめ、ヒラリー・クリントン元国務長官など、民主党の重鎮が次々に登場。民主党候補者への支持を訴えています。

それでも、現在は「共和党有利」の雰囲気が再び漂い始め、勢いを増しています。投票日まであと数日。さて、どのような結果が両党を待っているでしょうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員