外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年10月6日(木)

デュポン・サークル便り(10月6日)

[ デュポン・サークル便り ]


プエルトリコとフロリダを席捲したハリケーン・イアンは、ワシントン近郊に大量の雨をもたらしただけではなく、一気に冷たい空気をも運んできました。おかげで、この数日は11月中旬並みの気温が続き、木の葉の色も一気に変わり始めました。秋のワシントン近郊の風物詩のシェナンドア国立公園の紅葉を楽しむ間もなく、冬が来てしまわないか心配です。日本の皆様は、いかがお過ごしでしょうか。

9月、特に9月後半は、久々に外交問題関連のニュースがワシントンを賑わせました。きっかけは、918日にCBSが報道番組「60ミニッツ」で放送したバイデン大統領の単独インタビューの中で同大統領が行った発言です。

単独インタビューを軸に構成される報道番組がNBC社の「ミート・ザ・プレス」など他にもありますが、「60ミニッツ」は政治だけでなく、時事問題を広く網羅し、その時々で最も話題性のある人々に対する単独インタビューを軸に深堀り報道することで知られています。特に選挙の年には、多くの政治家がこの番組で単独インタビューを受けることで自分のメッセージを発信しようとします。例えば、2020年大統領選の際には、10月26日に、トランプ大統領(当時)とバイデン民主党大統領候補(当時)それぞれ単独インタビューを同日放送。トランプ大統領が聴き手と激しくやりあった結果、トランプ大統領がインタビューを一方的に中断する様子が、投票日1週間前に全米のお茶の間に流れ、大きな話題となりました。

それほど注目される「60ミニッツ」。民主、共和両陣営の選挙戦が熱くなる中、支持率がイマイチ低迷したまま(10月4日にロイター電が報じた世論調査でも大統領の支持率は40%)のバイデン陣営が、11月8日に投票日を迎える中間選挙の約10週間前に単独インタビューを受けることで、中間選挙に向け政権の実績をアピールする絶好の機会になるはずでした。

しかし、インタビュー直後に一番話題を集めたのは、バイデン大統領の台湾問題に関する発言でした。聴き手の政治ジャーナリスト、スコット・ペリー氏とバイデン大統領の間で以下のようなやり取りが行われたからです。

(ペリー氏)「中国の習主席は、貴方のコミットメントについて何を承知しておくべきだと思いますか?」

(バイデン大統領)「我々は、何年も前に米国が合意した内容を維持します。米国には「1つの中国」政策があり、台湾の将来は、独立するかどうかを含め、台湾自身が決めるというものです。米国が台湾独立を積極的に奨励するようなことはしません。それは台湾自身が決めることだからです。」

(ペリー氏)「ですが、米軍は(台湾という)島を防衛しますか?」

(バイデン大統領)「そうです(yes)。これまでに前例のない(台湾に対する)武力攻撃がおこなわれた場合には。」

(ペリー氏)「確認したいのですが、ウクライナの場合と異なり、中国が台湾侵略を試みた場合には、米軍兵士が台湾を防衛するということですね?」

(バイデン大統領)「そうです(yes)」

ここ12年間、マイク・ポンペオ前国務長官や、マーク・エスパー元国防長官が戦略的曖昧政策からの転換や、台湾の外交承認を支持する発言などをしていますが、現職の大統領がフォロアップの質問に答える形であったとは言え、「台湾を防衛しますか」という答えに「イエス」と直球で答えたことのインパクトはメガトン級。以来、ワシントンでは「戦略的曖昧戦略をいよいよ米政府は転換するのか(すべきなのか)」という議論がこの問題を追っている人、特に中国・台湾専門家を中心に再燃。今でも議論が続いています。

ですが、政策専門家という小さなコミュニティの中の嵐をよそに、米連邦議会上院では、「戦略的曖昧」政策を実質的に修正してしまうような法案を作る動きが加速中です。「2022年台湾政策法案(Taiwan Policy Act )」と呼ばれるこの法案では

  • 今後4年間に亘り、総額45億ドルの軍事支援を行うことを通じて、台湾の防衛力強化を支援する
  • 台湾を「非NATO同盟国」に指定する
  • 台湾の民主主義政府を支持するための追加支援を行う
  • 台湾の国際機関や多国間通商協定への加盟を支持するための追加的措置を取る
  • 中国の情報活動に対抗するための支援を行う
  • 台湾フェローシップ・プログラムを設置する
  • 中国による、台湾を標的とした更なる攻撃的措置を抑止するために、しっかりとした制裁のための枠組みを設置する

などのイニシアチブを支援するための予算的措置を取ることを政府に義務付けています。民主、共和両党の上院議員が共同提案者となり、超党派で発議されたこの法案は、616日に上院外交委員会で審議が始まり、915日に委員会を通過。実際に法案が可決されるかどうか、また議会で可決されても大統領の署名を経て法律として成立するかどうかについては先行き不透明です。でも、この法案作成に向けて動いた一人の、ある上院外交委員会共和党側スタッフによれば、これが「米政府がこれまで維持してきた『戦略的曖昧戦略』を事実上、終わりに近づけるための一歩となることを目指す法案」であることは明確であることを指摘。「中国は、米政府や議会の幹部による台湾訪問に一々難癖をつけるより、台湾政策法案が最終的に台湾政策法になるかどうかを心配した方が良い」とのこと。

日本だと「中国に甘い」イメージがもたれがちな民主党政権下で、台湾に向けた支持が急速に超党派で広がっているワシントンですが、一方で、最近は、バイデン政権に完全にスルーされ続けている北朝鮮が「僕たちも見て!」と言わんばかりに弾道ミサイル実験をこの1~2週間で連発。中間選挙まで5週間を切っているのに、外交問題で忙しいバイデン政権。こちらについては、次回の「デュポン・サークル便り」で取り上げたいと思います。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員