キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2022年9月13日(火)
[ 2022年外交・安保カレンダー ]
先週9日、英国のエリザベス女王が逝去された。王室医師団が「懸念」を表明して間もなく、女王はその偉大な生涯を閉じた。70年間の王位は決して平坦なものではなかっただろう。個人的にお話しする機会は勿論なかったが、公平に見て、女王の人間的魅力は英国王室の中でも抜きん出ていたと思う。心からご冥福をお祈りしたい。
エリザベス女王の時代は大英帝国の黄昏の時代だったのかもしれぬ。彼女が即位した頃から、世界の指導的地位は米国に移っていった。彼女の即位は1952年2月6日、ウェストミンスター寺院で戴冠式が行われた1953年は、考えてみたら筆者が生まれた年ではないか。不遜ながら、本当にお疲れ様でした、と申し上げたい。
さて、英国では9月19日にエリザベス女王の国葬が行われる。ところが、この訃報を受け、日本ではSNS上で「本物の国葬」という言葉がトレンドになっているそうだ。「本物の葬儀」がイギリスの国葬であって、9月27日に予定される日本の安倍晋三元首相の国葬は「本物ではない」ということらしい。一体どういうことか?
例えば、「世界中が追悼するイギリスの本当の国葬と、多くの国民が反対しているにもかかわらず強行されようとしている日本の国葬形式の式典」とか、「今の日本政府が強行しようとしている国葬には、絶対に参加したくない」というのだが、どうも違和感がある。この点についてはJapan Timesに英語のコラムを書くつもりだ。
確かに、英国では女王の国葬に対する反対や懸念は少ないだろう。しかし、アフリカやインド亜大陸の旧英国植民地では既に疑問の声が上がっている。安倍晋三元首相が世界中から弔意を示されたのとは対照的に、エリザベス女王国葬の場合は、旧植民地を中心に、英国の過酷な植民地支配に対する批判が出ているらしいのだ。
問題は国葬の是非に止まらない。これまでも一部途上国には、「旧宗主国が植民地支配を謝罪すべきだ」という意見がある。例えば、アルジェリアはフランスに対し「植民地支配を謝罪すべし」と求めているが、フランスが謝罪したという話は聞かない。勿論、英国も奴隷売買や植民地支配について謝罪したことはない。
それに比べれば、日本の村山談話はユニークだ。何しろ、一国の総理大臣が過去の「戦争と植民地支配」に対し「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明」したのだから。英仏指導者が謝罪しない正確な理由は不明だが、恐らく戦勝国は当時の「戦争」や「植民地」が国際法上合法だったと考えているのだろう。
ドイツもつい最近まで「戦争」には「謝罪」してこなかった。ドイツの宰相は「ホロコースト」に対し「首を垂れる」ことはあっても、「戦争」自体については「謝罪」していない、というのが筆者の理解だった。ところが、今やドイツも「戦争」そのものに対し「謝罪」に近い発言をしている。しかも、今度の相手は「ユダヤ人」ではなく「ポーランド」だ。
事実関係はこうだ。2019年9月1日、ドイツ大統領はポーランドの首都ワルシャワで行われた第二次大戦80周年記念式典で次のように述べている。
うーん、「お詫び」「謝罪」なる語はないが、欧州紙はこのドイツ大統領発言を「謝罪」と報じた。これを如何に解釈するかは読者各位にお任せする。なお、最近民族主義的傾向を強めているポーランド政府はドイツ政府に対し「戦時賠償支払」を求めているが、ドイツ側としては「同問題は解決済」との立場を変えていないようだ。
〇アジア
中国国家主席が新型コロナ感染拡大後、初の外遊となる中央アジア訪問でロシアのプーチン大統領と会談するそうだ。ということは2年以上外国出張がなかったということか。慎重なのか、臆病なのか、党大会を前の計算された外遊なのか、色々な見方が可能だが、まずは発言内容に注目したい。新味はないだろうが・・・。
〇欧州・ロシア
米ISWはウクライナ軍が急速な反撃でハルキウ州のほぼ全域を奪還したと分析。重要拠点イジュームを奪還したことでロシアのドンバス地方完全掌握は困難になったようだ。これが一時的なものなのか、それとも戦争の流れが変わったのか。後者であると良いが、戦争はそれほど甘くはない。今しばらくは様子を見よう。
〇中東
サウジアラビアのメディア規制当局は、GCC(湾岸協力会議)の「イスラム教の価値観」に反しているとして、同性愛を描いたと思われるネットフリックスのコンテンツの削除を求めたらしい。うーん、政治的理由ではなさそうだが、これではサウジも中国を笑えないということだ。勿論、笑う気などないだろうが・・・。
〇南北アメリカ
米国の同時多発テロから11日で21年、NY、DCなど各地で追悼式典が開かれたが、CNNはその時間帯も英国女王関連番組を長時間スコットランドから生中継していた。他の英連邦諸国も同様だろう。なるほど米国も旧英連邦だったのか、という当たり前の事実を、エリザベス女王の逝去は示しているのだろう。
〇インド亜大陸
あるインド人がこうツイートした。エリザベス女王は「イギリス帝国がインドに対して犯したおぞましい犯罪の数々に謝罪も、償いも、遺憾を示す気概も無かった。・・・それでも『安らかに』。」なるほど、出てくる、出てくる、インドでの英国の蛮行の数々。エリザベス女王だから済んでいたが、チャールズ新国王は如何なる発言をするのだろか。気になるところだ。今週はこのくらいにしておこう。
<今週以前から続く会議>
8月3日‐9月17日 軍縮会議 第三部(ジュネーブ)
8月30日‐9月24日 子どもの権利委員会、第91回会議(ジュネーブ)
6日‐9月17日 UNCITRAL、作業部会III (投資家と国家の紛争解決改革) 、第43会議(ウイーン)
9月
<12日-18日>
12日 インド7月鉱工業生産指数発表
12日‐15日 欧州議会本会議(ストラスブール)
13日 第77回国連総会開会(ニューヨーク)
13日 米国8月CPI発表
13日 ウクライナ8月CPI発表
13日 米国予備選挙(デラウェア州、ニューハンプシャー州、ロードアイランド州)
13日‐9月15日 国連女性理事会、第2回定例会(ニューヨーク)
13日‐9月16日 国家麻薬取締機関 (HONLEA)ヨーロッパ局長、第14回セッション(バレッタ)
13日‐9月17日 IAEA 、理事会(ウイーン)
13日‐9月17日 責任ある行動の規範、規則及び原則を通じた宇宙の脅威の削減に関するオープンエンド作業部会、第2会議(ジュネーブ)
13日‐9月17日 障害者の権利委員会、プレセッション部会、第16回会議(ジュネーブ)
13日‐9月24日 強制失踪委員会、第23回会議(ジュネーブ)
13日‐9月24日 国際刑事裁判所ローマ規程締約国会議、予算財政委員会、第39回会議(デン・ハーグ)
13日‐10月8日 人権理事会、第51回会議(ジュネーブ)
14日 米国予備選挙(コネチカット州)
14日 ブラジル7月月間小売り調査発表
14日 G20労働・雇用担当相会合(バリ)
14日 中国主席、カザフ訪問
14日‐9月15日 G7貿易相会合(ドイツ・ノイハーデンベルク)
14日‐9月15日 国連女性理事会、第2回定例会(ニューヨーク)
14日‐9月16日 IFAD、理事会、第136回会議(ローマ)
15日 米国8月小売売上高統計発表
15日‐9月16日 上海協力機構首脳会議(サマルカンド)
16日 米韓「拡大抑止戦略協議体」第3回会合 (ワシントン)
16日 中国8月固定資産投資、社会消費品小売総額発表
16日 ロシア中央銀行理事会
16日 ユーロスタット、8月CPI発表
16日 7月と8月の欧州新車販売(欧州自動車工業会=ACEA)
16日 8月の中国鉱工業生産、小売売上高、1~8月の都市部固定資産投資(国家統計局)
17日 共産党志位和夫委員長が党創立100周年記念講演 (党本部)
17日 日朝首脳会談から20年
18日 社民党全国幹事長会議
<19日-25日>
19日 ウクライナ1~7月貿易統計発表
20日 国土交通省が基準地価を公表
20日‐9月21日 米国FOMC
20日‐9月21日 ブラジル中央銀行、Copom
20日‐9月24日 UNCITRAL作業部会I.(零細・中小企業) (ウイーン)
20日‐9月29日 人権理事会、強制失踪または非自発的失踪に関する作業部会、第128回会議(ジュネーブ)
20日‐10月1日 移住労働者及びその家族の権利の保護に関する委員会、第35回会議(ジュネーブ)
21日 米FOMC最終日(声明発表とFRB議長会見)
21日 メキシコ7月小売・卸売販売指数発表
21日‐9月23日 G20貿易・投資・産業担当相会合(インドネシア・ラブハンバジョ)
21日‐9月27日 第77回国連総会一般討論(米国・ニューヨーク)
22日 国連総会、国民的又は民族的、宗教的及び言語的少数派に属する者の権利に関する宣言の採択30周年を記念するハイレベル会合(決議76/168) (ニューヨーク)
23日 WTO紛争解決機関会合
25日 公明党大会(都内)
25日 イタリア総選挙
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問