外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2022年8月16日(火)

デュポン・サークル便り(8月16日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、熱波に襲われていた先週の天気が嘘のよう。今週は、秋の気配すら感じさせる天気でスタートしました。終戦記念日から一夜明けた今日、日本の皆様は、いかがお過ごしでしょうか。

ペロシ下院議長の訪台で、外交問題が久しぶりにワシントンで脚光を浴びたと思ったら、先週末以降、さらにメガトン級の国内政治ネタがワシントンを揺るがしています。というのも、88日(日本時間9日)に、米連邦捜査局(FBI)がフロリダ州マー・ラー・ゴにあるドナルド・トランプ前大統領の私邸を家宅捜索したからです。

家宅捜索には、当然、裁判所から令状を取る必要があります。しかも家宅捜索の対象は、一介の(といっては失礼ですが)私人ではなく、つい数年前まで大統領職にあった前大統領の私邸。令状をとるためには、「どうしても前大統領の私邸を家宅捜索しなければいけない理由」を、裁判所が納得する形で説明できなければなりませんし、令状を出す裁判所側も、令状を出すか出さないかの判断は通常のケースよりもはるかに厳しくなると考えるのが常識。

その厳しい裁判所の判断をクリアした家宅捜索です。家宅捜索が行われたという第一報が報じられてからというもの、ワシントンはてんやわんやの大騒ぎ。もちろん、関心の焦点は、「いったなぜ、わざわざFBIが前大統領の私邸を家宅捜索しなければならなかったのか?」「家宅捜索でFBIが見つけようとしていたのは何なのか?」の二点です。

ホワイトハウスは、「バイデン大統領は家宅捜索が行われる予定であることは事前に知らされていなかった」と釈明しましたが、前大統領の私邸が家宅捜索されるという前代未聞の一大事です。家宅捜索直後から、議会だけでなく、メディアからも司法省とFBIに対し、通常は公開されない提出された家宅捜索令状申請書と、右申請書に添えて提出された「なぜ、家宅捜索が必要だと考えるのか」というFBIの立場について述べられた宣誓供述書の公開を求める声は高まる一方。FBIが家宅捜索に踏み切った理由が、トランプ前大統領が、大統領を離任するにあたって国立公文書館に引き渡さなければいけなかったはずの書類、特に、国家安全保障関連の機密事項に係る文書(その一部は、核兵器に関するものだった可能性があることも報じられました)を、大統領離任後もマー・ラー・ゴの私邸に保有したままだったらしいことが報じられました。それ以降、特に共和党側は、今回の家宅捜索を「トランプ前大統領を標的にした政治的魔女狩りの一環」であるとして、徹底抗戦の構えです。中間選挙後、共和党が上下両院とも多数党の座を奪回する可能性が見えてきたことを踏まえて、ケビン・マッカーシー下院共和党院内総務が、中間選挙以降、FBI長官や司法長官、さらには国立公文書館長まで議会に召喚する可能性をちらつかせる発言をするなど、強気の姿勢を今のところ貫いています。共和党側の動きに呼応するように、FBIや司法省に対する脅迫も激増。オンラインのチャットルームで、「FBIの建物内にダーティ・ボムを仕掛けてやる」と話し合っていたケースも報告され、法執行当局側にも緊張感が走っています。

政治的な強風を敏感に察したメリック・ガーランド司法長官は、週末にかけて、連邦裁判所に対して家宅捜索申請書の内容を公開することを要請することを決定。ですが、FBIがどのような書類の所在を探していたのかについての詳細を述べた宣誓供述書については、「進行中の刑事捜査に修復可能なダメージを与えるリスクがある」ことを理由に、内容を公開することを司法省が拒否したというニュースが、15日(月)夕方のニュースを賑わせました。

このような一連の動きでトランプ前大統領の身辺が急に慌ただしくなる一方、2020年大統領選の結果認定をめぐってトランプ前政権側が州知事や州務長官に圧力をかけた疑いで捜査が進んでいるジョージア州では、右に加担した疑いがもたれているルディ・ジュリアーニ元NY市長が刑事捜査の対象であることが明らかになったり、トランプ前政権の意向を受けてジョージア州政府側に働きかけた疑いがもたれているリンジー・グラハム上院議員に対して特別大陪審で証言することをジョージア州裁判所が命じたり、と2020年大統領選の結果をひっくり返そうといろいろとたくらんだトランプ前政権の周辺を対象にした操作も大きな展開を迎えるなど、この10日間ほどは、「トランプ祭り」が続いています。

そんな中、2024年大統領選挙に向けた動きも、トランプ前大統領を含め、各方面で加速。共和党側の政治的動向ばかりがメディアを賑わせる中、民主党の動きは今一つさえないまま。中間選挙に向けて、民主党にとっては不安材料が確実に増えています。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員