外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年7月19日(火)

デュポン・サークル便り(7月19日)

[ デュポン・サークル便り ]


独立記念日の週末も過ぎ、アメリカは本格的な夏休みモードとなりました。地元のプールは、昼間からどこも、家族連れでにぎわっています。また、「ポスト・コロナ」「ウィズ・コロナ」に完全に移行した感のあるアメリカでは、空港でもマスクをしている人の割合がどんどん減ってきました。日本でも暑い日が続いているそうですが、日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

アメリカ、特にワシントンでは、この12週間、日本の動向が大きく取り上げられました。発端は、もちろん、78日に選挙遊説中の安倍元総理が凶弾に倒れた事件です。正確には「日本」というよりも、「安倍元総理」のアメリカにおける存在感を実感したこの2週間余りでした。

安倍元総理が銃撃されたという第一報は、CNNを始め、主要テレビ局が全て、速報扱いで報じました。さらに、事件発生以降の安倍元総理の動向は、何か動きがあるたびに全て速報(Breaking news)として差し込み放送がされ続け、亡くなったというニュースも速報で。

さらに驚いたのが、そのあと、アメリカ政界から次々と出てきた反応でした。現職のバイデン大統領からのステートメントが出たのは外交儀礼上、当然のこととして。アメリカ政界からは、それ以上の範囲で反応がありました。現政権内だけでも、大統領をはじめ、ハリス副大統領、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官が安倍元総理の死を悼む声明を出しました。また、当時タイを訪問中だったブリンケン国務長官が、アメリカに帰国する予定を変更して、弔問のためだけに訪日したのも異例なら、同時期に日米財務相協議のために来日していたイエレン財務長官がお通夜に出席したのも異例。

それだけではありません。安倍元総理が総理在任中のカウンターパートだったトランプ前大統領とオバマ元大統領、さらに、ブッシュ(子)元大統領も、元総理の死を悼む声明を出しました。加えて、ペロシ下院議員やシューマー民主党上院院内総務、マコーネル共和党上院院内総務など、追悼の声明の輪は、行政府を超えて広がりました。個人的には、オバマ元大統領の追悼メッセージもそうですが、トランプ前大統領の追悼ツイートが、前大統領のキャラとは全く異なり非常に生真面目で、安倍元総理を手放しで賞賛している内容。あぁ、いろいろ言われていたけれど、安倍元総理とトランプ前大統領、オバマ元大統領のつながりは「本物(genuine)」だったんだ、と感じました。

さらに異例だったのが、ワシントン市内のシンクタンクの大部分が、次々と安倍元総理の死を悼む声明を、多くは所長発で出したことです。ワシントンに来てもうすぐ30年になりますが、外国の要人が亡くなった際に、政府や議会だけではなく、シンクタンクまで一斉にお悔みのメッセージを出したなんて、聞いたことがありません。タイム誌の表紙を飾ったのはもちろん、ここまで日本の要人死去のニュースが大きくアメリカで扱われたのは、昭和天皇崩御以来といっても過言ではありません。

これらの追悼メッセージに共通していたのは、安倍元総理の、民主主義や自由経済のような普遍的価値に対する強固な支持と、「自由で開かれたインド太平洋」構想を強力に推し進めたこと。安倍元総理が日本の外交・安全保障政策という範囲を超えて、これからの国際社会のあるべき姿、その中における日本の役割について抱いていたビジョンの影響力の大きさを物語っています。

この事件が参議院選挙投票日の2日前に起こったこともあり、普段はほとんどアメリカの主要メディアのニュースでは報道されることがない日本の選挙も、大きな関心を集めました。日本国内の動きが関心を集めたのは嬉しいことですが、その一方で少し、違和感を覚えたことも。その一つがどのメディアも一様に、安倍元総理が「暗殺された(assassinated)」と報じていたことです。「暗殺」という言葉は通常、実行犯側にある程度明確な目的(多くは政治的)があるというニュアンスが含まれます。実際、私も、事件後に数多く受けたインタビュー以来の中で、細部が判明する前から実行犯が過激派であることを前提とした質問を多く受けました。たしかに、外国、特にアメリカでは、あのような形で主要政治指導者が襲われる場合、実行犯側に何らかの政治的な意図があることが殆ど。日本国内外での受け止められ方の違いを感じた一例でした。

実は、あの衝撃的な事件と、それをアメリカがどのように受け止めたかをどのように書けばいいのか、迷い続けているうちに、時間が経ってしまいました。自分の中でもまだ、全く納得できておらず「なんで?どうして?」という問いがまだ頭の中をぐるぐると回っています。そんな中で書いたこの拙稿、舌足らずな部分もあるかと思いますが、ご容赦いただければと思います。引き続き、「デュポン・サークル便り」をよろしくお願いいたします。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員