外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年7月6日(水)

デュポン・サークル便り(7月6日)

[ デュポン・サークル便り ]


この週末、アメリカは、独立記念日の74日が月曜日に当たったため3連休となりました。去年、一昨年と、コロナ禍で中止や縮小を余儀なくされていたワシントン・モニュメント付近で催されるコンサートや花火大会が、3年ぶりに観客を入れる形で実施されました。住宅地でも、あちこちでご近所さんと一緒に独立記念日を祝うバーベキュー大会や花火大会が開かれ、夜更けまで賑やかでした。そういえば、去年の今頃は、ちょうど、デルタ変異株が猛威を振るい始める前で、ワシントン近郊も、ようやく外出規制などが緩和され始めたばかりでした。あれから1年、日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

629日付の「デュポンサークル便り」で少し触れたように、この12週間は、米最高裁判所が国内で激震を走らせるような判決を立て続けに出しました。その中で最も注目されたケースが2つあります。第一は、一個人が銃を家庭内の外で携行するには正当な理由と特別な許可が必要というNY州の法律が、憲法修正第2条項が保障する「武器を持つ権利」の侵害で憲法違反にあたるかどうか。第二は、女性が妊娠第4週以降に中絶手術を受けることを禁じたミシシッピー州州法が、「妊娠中絶の権利は連邦法で保障される権利」という1973年の「Roe vs. Wade」ケースで示した最高裁判断と矛盾するため違憲ではないか、でした。

結果から言えば、62324日に立て続けに発表された最高裁による判断では、前者NY州の銃規制に関する法案は「違憲」の判断が、後者のミシシッピー州の妊娠中絶規制法については「妊娠中絶に関する規制は各州の判断に委ねられるべきもの」という判断がそれぞれ下され、国内に大きな衝撃を与えました。特に、後者の妊娠中絶を規制する権限を連邦政府から各州に戻した判断は、1973年以来、全米各州で等しく保障されてきた女性の妊娠中絶に関する権利が、アメリカの居住地により中絶手術へのアクセスが違う状態に、いわば「逆戻り」しました。以来、アメリカ社会は大揺れに揺れています。

以前の「デュポンサークル便り」でもお伝えしましたが、アメリカの最高裁判事は、本人が引退すると決めない限り、いつまでも職務を続けることができます。いわば、アメリカでは「絶滅危惧種」になった終身雇用制が今も確固たる制度として残っているのが、米最高裁というわけです。9席ある最高裁判事の椅子に空席ができる、あるいは空席ができる日が近そうな時期の政権が民主党か、共和党かにより、最高裁判事9名の「保守VSリベラル」のバランスが決まりますので、最高裁判事の人事は、政権と議会を巻き込む内政上の大問題なのです。最高裁は、銃規制や妊娠中絶といったアメリカ社会を二分する大きな社会問題が関係する国内法が合憲か違憲という判断を行います。そのため、このような判断を最高裁が行う際には判事の構成が非常に重要なのです。

日本では、日本の最高裁判事人事そのものが全く話題にならないため、ほとんど報じられませんが、アメリカでは、オバマ政権に対する批判の中で最も根強かったのが「28年の間に、民主政権に指名された年配のリベラル系判事を引退するように勧め、後任に若いリベラル系判事を指名しなかったため、最高裁が大きく保守派に傾くリスクを残したまま、政権を終えた」というものでした。

このような批判をしていた人々の懸念が的中し、トランプ前政権期にトランプ前大統領は3名の保守系判事を指名、現在の最高裁は、共和党政権時に就任した保守系判事6名、民主党政権時に指名されたリベラル系判事3名、と保守系判事が過半数を占めています。この構成が62324日に出た最高裁判断に大きく影響しました。特に、妊娠中絶をめぐる権利についてはブッシュ政権期に就任したロバーツ首席判事が、3名のリベラル系判事と共に、1973年の最高裁判断を維持するべき、という投票をしたものの、残りの保守系判事5名が皆、妊娠中絶を規制する権限を各州に戻す判断をしました。その結果、1973年以来、連邦レベルで守られてきた女性の妊娠中絶を受ける権利が、住む州によってははく奪されかねない大事態を招いてしまったのです。

バイデン大統領が、大統領選挙中に「自分の任期内に最高裁判事を指名する機会が発生した場合、かならず黒人女性を指名する」と公約、その公約どおり、今季限りで引退するスティーブン・ブライヤー判事の後任に、黒人女性のカタンジ・ブラウン・ジャクソン判事を指名しました。彼女は4月に上院で指名承認されたのち、630日に正式に最高裁判事に就任しましたが、彼女はリベラル系判事の椅子を引き継いだたけなので、今の保守系判事が圧倒的多数を占める構成は今後、当面の間続くことになります。

Roe V. Wade」の前例をひっくり返した624日の判断については、最高裁前での連日の抗議集会や、「女性の権利を後退させた」という最高裁への連日の批判、さらに連邦議会で「女性が中絶を受ける権利」を全米各州で等しく保障する連邦法を成立させようとする動きなどが入り乱れ、ただでさえ中間選挙前で緊張している内政が更なる緊張状態に。今後、数か月間、この問題についてはまだまだ動きがありそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員