キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2022年7月5日(火)
[ 2022年外交・安保カレンダー ]
今週は久しぶりにトルコ外交を取り上げる。先週スペインで開かれたNATO首脳会議ではトルコが事前の強硬姿勢を一転し、フィンランドとスウェーデンの加盟を急転直下支持した。ある日本のネット・メディアは、「トルコ外交の見事な駆け引き、歴史ある国家の外交とはこういうものか」と題する論評を掲載していた。おいおい、何だって?
同記事は、両国が「トルコからのテロ容疑者引き渡しの仕組みを強化、国内法の整備も確約した。これまでは禁止してきたトルコへの武器禁輸措置までも解除する。・・・両国の足元を見ながらのトルコ外交の駆け引きは見事としか言いようがない。」などとトルコを礼賛する。でも、本当に「見事な外交」か否かは歴史が決めるんじゃないの?
外交を「国家間で何らかの結果を出すための交渉」と定義すれば、今回のトルコ外交は、米国からF16戦闘機売却も勝ち取るなど一定の成果を上げている。しかし、この種の外交的成果には「短期的」と「中長期的」なものがある。個人的には、今回トルコが中長期的に「見事な成果」を出したかどうかは、疑問なしとしない。
誤解を恐れずに申し上げる。外交の世界では「短期的成果」を出すこと自体、さほど難しいことではない。もしある国が外交上の切り札を持ち、かつ、一切の妥協を排してでも、その切り札を切ると凄めば、交渉相手は譲歩せざるを得なくなるからだ。その意味で今回のトルコの切り札はフィンランドとスウェーデンの「NATO加盟反対」だった。
確かに対露関係では、万一首脳会議の場でトルコが反対でもすれば、NATOにとって致命傷にもなりかねない。この点については「“ごね得”エルドアンの損得勘定」などと報じた記事もあったが、決して的外れな指摘ではない。こうした「エゲツナイ」外交を「見事な駆け引き」と呼ぶかは個々の記者の「美意識」の問題だろう。
それでは今回トルコは完勝したのか。報道では「トルコとフィンランド、スウェーデンの2カ国が合意した覚書では、2カ国がPKKなどへの支援の停止や、一部クルド人の送還に『対処』すること」が約束されたとあるが、当のスウェーデン首相は同国が「テロリスト73人」送還を約束したとするトルコ側主張につき明言を避けている。
更に、フィンランド政府も「トルコに対し大きく譲歩した訳ではなく、『トルコのテロとの闘いを支持する』とした今回の合意内容は従来の主張と大きく違わない」と述べている。やっぱりね、なるほど。一方、トルコはウクライナの要請に応じ、黒海でウクライナの穀物を運ぶロシア船を拿捕したとも報じられた。一体どうなっているのだろう。
筆者の見立ては、今回のトルコ外交をめぐる関係国間の駆け引きが報じられるほど単純ではない、ということだ。この種の複合的外交交渉では、短期的に戦術的利益を最大化しても、中長期的な戦略的利益を最大化できるとは限らない。誰が最終的に如何なる利益を得たかは、現代のマスコミではなく後世の歴史家が判断すべきだろう。
〇アジア
米世論調査機関によれば、最近の各国対中認識調査で「中国は嫌い」とした第一位は日本の87%、オーストラリアは86%、第三位スウェーデンが83%、米国が82%で、第五位が韓国80%、だったそうだ。韓国は2002年に31%だったので、時代は明らかに変わったのだろう。中国人は意外にこうした評判を気にする人たちなのだが・・・。
〇欧州・ロシア
ロシア軍が東部ルガンスク州全域を制圧し、ウクライナ戦争は新たな段階に入りつつある。ウクライナ側は「(この結果は)致命的ではない」としているが、軍事専門家はこれが戦争全体の転換点となり、今後の決定的戦闘はウクライナが領土奪還に向け反撃を開始した南部で行われる」と予測する。問題は時間との闘いであることだ。
〇中東
6月下旬、UAE、エジプト、モロッコ、バーレーン、米国、イスラエルが会合を開くなどバイデン米大統領の中東初訪問の前に中東で外交が活発化している。ヨルダン国王は中東でのNATO型同盟構想をぶち上げ、米大統領はイスラエル、西岸地区、サウジアラビアを7月13日から16日にかけて訪問する。この動きは極めて要注意である。
〇南北アメリカ
7月4日は米独立記念日だが、その日にシカゴ北郊ハイランドパークで銃乱射事件が起き6人が死亡したという。ちなみに、当局は参考人(man of interest)の22歳の男を拘束した。彼はまだ容疑者(suspect)ではないということか。それにしても、このお目出度い日にすら乱射事件は起きるのか。これではロシアンルーレットではないか。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。
6月14日-7月9日 人権理事会、第50回会議(ジュネーブ)
6月28日-7月7日 第60回危険物輸送専門家分科会(ジュネーブ)
6月28日-7月16日 UNCITRAL、第55回会議(ニューヨーク)
6月28日-7月28日 人権委員会、第135回会議(ジュネーブ)
4日-5日 ウクライナ復興会議(ルガノ・スイス)
4日-6日 日ASEAN交通次官級会合
5日 スウェーデン、フィンランドの北大西洋条約機構(NATO)加盟議定書署名
5日 ブラジル5月鉱工業生産指数発表
5日-9日 人権理事会、先住民族の権利に関する専門家機構、第15回会議(ジュネーブ)
5日-23日 国際法学セミナー 第56回(ジュネーブ)
5日- 8月6日 国際法委員会、第73回会議、第2部(ジュネーブ)
6日 米FOMC議事要旨
6日-9日 化学兵器禁止機関 執行理事会、第100回会議(デン・ハーグ)
6日₋8月20日 大陸棚限界に関する委員会、第55回会議(ニューヨーク)
7日 5月の米貿易収支(商務省)
7日 米国5月貿易統計発表
7日 メキシコ6月CPI・自動車生産・販売・輸出統計発表
7日 ヴェガC(Vega-C)、イタリアのレーザ測距衛星LARES-2(仏領ギアナ基地)
7日-8日 G20外相会合(インドネシア・バリ)
8日 米国6月雇用統計発表
8日 ブラジル6月IPCA発表
8日 6月の米雇用統計(労働省)
9日 中国6月貿易統計発表
10日 ファルコン9、スペースX社スターリンク(Starlink)衛星 53機(ケープカナベラル空軍基地またはケネディ宇宙センター)
10日 参院選投開票
10日 滋賀県知事選投開票
<11日-17日>
11日 ファルコン9、スペースX社商用補給機ドラゴン25号機(Space X CRS-25 (SpX-25)/Dragon)(ケネディ宇宙センター)
12日 インド5月鉱工業生産指数発表
12日 メキシコ5月鉱工業生産指数発表
12日-16日 IMO、理事会、第127回会議(ロンドン)
12日-23日 ICSC、第94セッション(パリ)
13日 ブラジル5月月間小売り調査発表
13日 フランス6月CPI発表
13日 ドイツ6月CPI発表
13日 米国6月CPI発表
13日 米地区連銀景況報告(ベージュブック)(FRB)
13日 中国第2四半期貿易統計発表
13日-30日 拷問禁止委員会、第74回会議(ジュネーブ)
14日 ファルコン9、スペースX社スターリンク(Starlink)衛星 53機(ケープカナベラル空軍基地)
14日-16日 国際海底機関、財務委員会、第27回会合(キングストーン)
15日 共産党党創立100年
15日 米国6月小売売上高統計発表
15日 中国第2四半期経済指標(GDP成長率、固定資産投資、社会消費品小売総額等)発表
15日-16日 G20財務相・中央銀行総裁会議(インドネシア・バリ)
17日 ファイアーフライ・アルファ(Firefly Alpha)、Sapling-1、Spinnaker3、GENESIS-G, J、QUBIK 3, 4, 5, 6(ヴァンデンバーグ空軍基地)
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問