外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2022年5月24日(火)

デュポン・サークル便り(5月24日)

[ デュポン・サークル便り ]


あっというまに5月も終わりを迎えつつあります。今週末はメモリアル・デーの3連休。アメリカではこの週末を境に、本格的に夏休みモードが解禁となります。オフィスが「毎週金曜日は半休」など、夏休み特有のスケジュールを導入し始めるのもこの週末の後です。とはいえ、お天気はこの数日、荒れ模様。真夏並みの天気が23日続いたかと思えば、今日は、半袖では少し肌寒いぐらいの気温です。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

日本ではバイデン大統領の就任後初の訪日、対面での日米豪印首脳会談などの話題で盛り上がっていることと思いますが、アメリカでは相変わらず、内政問題がてんこ盛り。女性の妊娠中絶の合憲性を問う判断の行方をめぐり最高裁が揺れているのはすでに56日付の本稿でお伝えしたところです。この件は司法判断をめぐる議論を超えて、最高裁判事たちの身体の安全が危ぶまれる事態に発展。メリック・ガーランド司法長官が、最高裁判事の自宅を24時間体制で警戒することを正式に要請するほど深刻化しています。

加えて、ここ12週間のアメリカでは、乳幼児がいる全米の家庭の多くが粉ミルクの供給不足で苦しんでいることが明らかになり、行政府・議会を巻き込む大騒動となっています。この問題、そもそもの発端は、粉ミルクメーカーの最大大手であるアボット社が、今年2月に自社製品からバクテリアが検出されたことを理由に対象商品をリコール、さらにミシガン州にある粉ミルクの製造工場を閉鎖したことにあります。この工場閉鎖で、コロナ感染の影響で、そもそもサプライチェーンがひっ迫していたところに、粉ミルクメーカー最大大手の同社からの製品供給量が激減。スーパーやファーマシーの店頭から粉ミルクが次々と姿を消しました。

乳製品に対するアレルギーを持つ乳幼児がいる家庭にとって、大豆などの代替食品をベースにした粉ミルクの入手が困難になることは、文字通り死活問題。実際に、この数か月間でジョージア、テネシー、ウィスコンシンなど複数の州で、粉ミルクが入手できないため入院せざるを得なくなる乳幼児の例が多数報告され始めました。

ただでさえ、中間選挙で民主党の劣勢が伝えられる今、このように一般家庭を直撃する問題がずるずると長引くことは、バイデン政権としては何としても避けたいところ。ついに、先週、バイデン大統領は、なんと粉ミルクの製造に「国防製造法」を適用することを決断。さらに、軍用機を海外から輸入した粉ミルクの輸送に使う「空飛ぶ粉ミルク作戦(Operation Fly Formula)」という作戦まで発動しました。米軍の輸送機がネッスル社製の粉ミルクを積んで空輸する・・・航空自衛隊の輸送機が粉ミルクを日本に運ぶのに使用される光景をイメージしていただければ、バイデン政権がいかにこの問題を深刻にとらえているかが分かります。

この問題を深刻にとらえているのは連邦議会も同じ。525日には、アボット社、ガーバー者、レックイット社という、アメリカの粉ミルク業者大手3社の経営責任者が下院エネルギー・商業調査監督委員会で行われる公聴会に出席することも明らかになり、ついにアボット社の経営責任者が、522日付ワシントン・ポスト紙に「粉ミルク不足を招いて申し訳ありません」という謝罪広告を出す事態に発展しました。

それだけではありません。その前週の514日にはニューヨーク州バッファローのスーパーで銃乱射事件が発生。13名の犠牲者のうち11名が黒人で、犯人の男性の動機が黒人の殺害という、いわゆる「憎悪犯罪(ヘイト・クライム)」であったことが明らかになり、アメリカの人種問題の根深さを改めて思い知らされることになりました。バイデン大統領もアジア歴訪出発直前にバッファローを訪問、憎悪犯罪撲滅を訴えたほどです。

このように内政問題で多くの火種をかかえたままアジア歴訪に出発したバイデン大統領。本来であれば、訪日中に「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を華々しく発表し、「国際通商の場で再び主導的役割を果たすアメリカ」を国内に印象付けたかったところですが、岸田総理との共同記者会見の席上で、記者からの質問に答える形で、台湾海峡危機が発生した場合には「米国は軍事的に介入する」と発言してしまったことでメディアの関心が全てそちらに向かってしまい、それもできませんでした。この記事が掲載されるころには済んでいるはずの米日豪印首脳会談で、何かしらさらにアピールする材料が出てきているでしょうか。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員