キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2022年5月11日(水)
[ 2022年外交・安保カレンダー ]
今週は外交関連イベントが盛り沢山だったため、掲載が一日遅れてしまった。過去数日間に、戦勝記念日におけるロシア大統領の演説、韓国新大統領の就任演説、フィリピンでの大統領選挙があった。何かサプライズでもあるかと思ったが、結果的にあまり「驚き」はなかった。これが筆者の正直な感想である。
まずはプーチン演説から始めよう。一部メディアは同演説で「ロシアの勝利」が喧伝され「宣戦布告と総動員」が発表される可能性がある、などと報じていた。案の定、時事通信は「演説ウクライナ侵攻を正当化 対独戦勝記念日、ロ大統領が演説―『総動員と併合』言及せず」という記事を配信している。
「勝利」や「併合」宣言がなかったのは、十分な戦果がなかったからだ。勿論、ロシアと同様、米国も「情報戦」を戦っており、米国やウクライナ発の「戦況情報」がすべて正しいという保証はない。それにしても、現在ロシアは誇るべき戦果を出せないでいる。そんな中で「勝利」を宣言しても、逆に内外から突っ込まれるのが関の山だろう。
「宣戦布告」などと言い出したのは英国防相だったと思うが、筆者は当初から懐疑的だった。宣戦布告は「主権国家」に対するものだろうから、戦争を宣言すればウクライナの「主権」を認めることになるからだ。宣戦布告で国内の「総動員」が可能になるとも言われたが、今のロシアに「動員」可能な大兵力が残っているかは疑問だ。
その意味では「勝利も、併合も、総動員も」ない演説にサプライズはない。むしろ、プーチン大統領がウクライナ国内でのロシア軍の苦戦と劣勢をようやく正確に理解し、それを前提に演説内容をトーンダウンした、もしくは、そうせざるを得なかったのだと思う。これからプーチン氏が「戦略的に正しい判断」をしてくれれば良いのだが。
続いて、韓国の新大統領について。保守系の尹錫悦新大統領は演説で北朝鮮に核開発中断を求める一方、日韓関係の改善や米韓同盟の強化など具体的な外交方針には言及せず、単に「自由と人権の価値に基づいた普遍的な国際規範を積極的に支持し、グローバルリーダー国家としての姿勢を示す」と述べた、などと報じられた。
日本は林外相を派遣、記者会見では何を聞かれても、「日韓関係のこれ以上の悪化を放置してはならないという認識で一致し、早期に解決すべく、ハイレベルも含め、スピード感をもって協議をしていくことで一致した」と繰り返し述べていた。記者団は大いに不満だろうが、筆者はこうした寡黙さも「プロの外交」だと思っている。
日本が首相ではなく外相を派遣したのは正しい判断だ。極論を言う人を除けば、日本での相場観は、「韓国側が日韓関係改善を望んでいるとしても、従来の経緯もあり、ボールは日本側にはない。言葉も大事だが、行動が伴わなければ日本としても動きようがない。当面は様子見」といったところだろう。急がば回れ、である。
フィリピンの大統領選挙はマルコス候補の圧勝だったが、これも予想通りだったので、詳細は追ってコメントする。さて、恒例の英語表現だが、今週はMAGAなる表現を取り上げる。4月20日付NYTはWith or Without Trump, the MAGA Movement Is the Future of the Republican Partyと題する興味深い投稿を掲載している。
ここでいうMAGAとはMake America Great Againの略で、元々は1980年代レーガン大統領が使った言葉だ。最近になってトランプ候補が使い2016年の大統領選挙で勝利したため、今はレーガン主義というより、トランプ主義を示すキャッチフレーズになりつつある。トランプは敵対者を「He is not MAGA」などと批判している。
件のNYT稿の結論は「トランプがいるか、いないかでトランプ主義がより強力になるかどうかは不明だが、MAGA運動が弱体化する兆候はない。Whether Trumpism is more powerful with Trump or without him is still an open question, but the MAGA movement shows no real sign of abating.」となっている。実に恐ろしい話ではないか。
最後に、今週最も大きなショックを受けたのは慶応大学の中山俊宏教授のご逝去である。日本のアメリカ通の中でも中山さんの視点と感覚は圧倒的に鋭かった。アメリカについて筆者の目が曇ったなと思った時、筆者が最も頼りにしたのは中山教授の論評だった。日本は実に惜しい人を失った。心から、心から、ご冥福をお祈りしたい。
〇アジア
ロックダウンを続ける中国上海市当局が住民を強制的に隔離施設に送っているのは違法だとして、中国の憲法学者が「直ちに中止すべし」と批判する意見書をウェイボ上で公表したという。投稿は即時削除されたが、実に勇気ある知識人を中国はまた一人失ったことになる。こんなことが一体いつまで続くのか。
〇欧州・ロシア
スウェーデンの連立与党・社会民主労働党が同国のNATO加盟申請の是非を近く正式に決めるという。同党が申請に賛成すれば議会で賛成派が多数となる。一方、フィンランドの世論調査ではNATO加盟支持が、以前の20-30%から、ロシアのウクライナ侵攻を経て今は76%に達したという。プーチンの判断ミスは高くついたものだ。
〇中東
米シンクタンクが発表した中東諸国での世論調査で、中東、特にペルシャ湾岸のアラブ諸国で米国の影響力が低下し、逆にロシアが存在感を強めていることが明らかになったそうだ。湾岸アラブ諸国が対イラン抑止で頼りにするのは米国のバイデン政権ではなく、イスラエルになりつつあるのだろうか。隔世の感のある結果である。
〇南北アメリカ
アメリカで武器貸与法が復活したという。ロシアの軍事侵攻が続くウクライナなどに対し軍事物資を迅速に貸与することが可能となるらしいが、こんな法律が再び制定されるとは思わなかった。やはり、今は1930年代の「勢いと偶然と判断ミス」が支配する時代に戻りつつあるのだろう。
〇インド亜大陸
スリランカの首相が辞任した。インフレを巡り数週間抗議デモが続いていたが、デモは暴徒化し、外出禁止令の下で軍に出動を要請する騒ぎが続いていた。同首相は実弟である同国大統領に辞表を提出したというが、こうした事態を中国は如何に見ているのだろうか。今週はこのくらいにしておこう。
<5月9‐5月16日>
3-15日 エレクトロン、シスルナー自律測位システム技術運用・航法実験 (CAPSTONE)、フォトン (ニュージーランド マヒア半島)
3-28日 総会、第5委員会、再開会議第2部 (未定) (ニューヨーク)
4-14日 第44回情報委員会 (ニューヨーク)
4‐28日 OHCHR、第90回会議 (ジュネーブ)
4-6月4日 子どもの権利委員会、第90回会議
9日 中国4月貿易統計発表
9日 メキシコ4月CPI・自動車生産・販売・輸出統計発表
9日 フィリピン大統領および総選挙
9-10日 WTO一般理事会
10日 ブラジル3月月間小売り調査発表
10日 米国予備選挙 (ネブラスカ州、ウェストバージニア州)
10日 韓国新政権発足
10日 長征7、天舟4号 (Tianzhou-4)、海南省 文昌衛星発射センター
10‐11日 G7デジタル担当相会合 (未定)
10-12日 欧州復興開発銀行 (EBRD) 年次総会 (モロッコ・マラケシュ)
10‐14日 原子放射線の影響に関する国連科学委員会、第69回会議 (ウィーン)
10-14日 宇宙空間における責任ある行動に関する決議案の国連総会本会議での採択 (ジュネーブ)
10-14日 国連森林フォーラム、第17回 (ニューヨーク)
10-14日 人権理事会、女性と女児に対する差別に関する作業部会、第34回会議 (ニューヨーク)
10-14日 国際刑事裁判所ローマ規程締約国会議、予算財政委員会、第38回会議を再開 (デン・ハーグ)
10-14日 UNCITRAL、第一作業部会、第37回会議 (ニューヨーク)
10-14日 人権理事会、強制失踪及び非自発的失踪に関する作業部会、第127回会議 (ジュネーブ)
10-21日 UNCCD、条約締約国会議及び補助機関の会合、第15回会議 (アビジャン)
11日 ブラジル4月IPCA発表
11日 中国4月CPI発表
11日 米国4月CPI発表
11日 ロシア中央銀行金融政策レポート発表
12日 インド3月鉱工業生産指数発表
12日 メキシコ3月鉱工業生産指数発表
12-14日 G7外務相担当会合 (未定)
12-14日 植民地国及び植民地人民への独立の付与に関する宣言の実施に関する状況に関する特別委員会、植民地主義撲滅のための第四次国際十年における非自治地域の状況を検討する地域セミナー (サンタルシア)
13日 ロシア4月CPI発表
14日 インフラ投資・雇用法に基づくバイ・アメリカ条項適用開始
14-15日 NATO非公式外相会合 (ベルリン)
15日 ドイツ ノルトライン・ウェストファーレン州議会選挙
15日 アリアン5、 MEASAT-3d、GSAT-24 (仏領ギアナ基地)
16日 中国4月固定資産投資、社会消費品小売総額発表
<5月17‐5月24日>
17日 米国4月小売売上高統計発表
17日 米国予備選挙 (アイダホ州、ケンタッキー州、ノースカロライナ州、オレゴン州、ペンシルベニア州)
17-21日 犯罪防止刑事司法委員会、第31回会議 (ウィーン)
17-7月2日 軍縮会議 第2部 (ジュネーブ)
18日 アルゼンチン国勢調査 (人口センサス)
18日 ユーロスタット、4月CPI発表
18-20日 G7財務相・中央銀行総裁会議 (ドイツ・ボン/ケーニッヒスビンター)
21日 オーストラリア総選挙
21-22日 APEC貿易担当大臣会合 (タイ・バンコク)
22日 山口県防府市長選投開票
22日 山口県防府市長選投開票
22-26日 世界経済フォーラム年次総会 (スイス・ダボス)
23-29日 WHO総会 (スイス・ジュネーブ)
24日-6月4日 国際麻薬取締委員会、第134回会議 (ウイーン)
24日 米国予備選挙決選投票 (テキサス州)
24日 米国予備選挙 (アラバマ州、アーカンソー州、ジョージア州)
24日-6月25日 ICAO、理事会相、第226回会議 (モントリオール)
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問