キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2022年3月23日(水)
[ 2022年外交・安保カレンダー ]
先々週は「デジャヴュ(既視感)」、先週は「ダブルダウン(倍返し)」を取り上げたが、今週は、もう破れかぶれで、「フォールスフラッグ」なる英語表現をご紹介しよう。ちなみに、英語といえば、元外務省の同僚・二階堂幸弘氏が「ジャパニーズイングリッシュでいい!」という学習ガイドブックを書いた。内容は筆者も同感、英語に関心があればご一読をお勧めする。
さて、本題に戻ろう。False flagは日本語で「偽旗 (にせはた)」と訳され、日本語版ウィキペディアは、「偽旗作戦」を「攻撃手を偽る軍事作戦の一種。海賊が『降伏』の旗を掲げて敵を油断させて逆に相手の船を乗っ取るという行為に由来する」と解説しているが、これは必ずしも正確ではなさそうだ。Wikiとて簡単に信用してはならない。
「False flag」については4年前に米国ジャーナリストが、「16世紀に使われ始めた比喩的表現で、元々は海賊や軍艦とは無関係だった」と書いている。流石は調査報道の専門家、世の中にはマメに調べる人が結構いるものだ。それはともかく、今回のウクライナ危機で改めて注目すべきは米露の情報戦であろう。
長い話は止めて、結論だけ書く。
①今回の情報戦は、今のところ、米国の完勝、ロシアの劣勢は免れない。
②米国はロシア抑止のため、本来外に出さない機密情報も惜しげなく公表した。
③これに対し、ロシア側の情報戦はお粗末、特に防衛面は非常に稚拙だった。
ロシア側は「偽旗」作戦を多用するが、内容があまりに「バレバレ」なので、全く「偽旗」になっていないケースが多い。これに比べれば、ウクライナ大統領は、さすが元コメディアン(ちなみにコメディアンは賢い、賢くなければ笑いを取れない)、見事に「悲劇の国の英雄」を演じている。この差は大きいだろう。
それでは真の情報と偽の情報を如何に区別すべきか。戦争の情報化とともに新たに生まれた懸念は、夥しい量の諜報、不正確な情報、偽情報を見極める分析力を如何に高めるか、特に、短時間で、大量の情報の真偽を如何に判断するか、という問題だ。この能力のある国家だけが情報戦に勝利できるからである。
④情報には、正しい情報(諜報、すなわちintelligence)、間違った情報(disinformationやfalse flag operationを含む)に加え、出所は正しいが内容が間違った情報もある。実はこれが最も扱いの厄介な種類の情報なのだ。
典型例を最近ネット上で見つけた。ロシアの反体制サイトGulagu.netの創始者Vladimir Osechkinが3月4日にFacebookに掲載したロシア諜報機関の匿名アナリストからの手紙の内容だ。同書簡の要約は日本語でも読める。これなどは「出所も内容もかなり正確」である可能性の高い情報の一つだろう。
一方、同様の手紙の中には「出所は正しいが、内容が疑わしい」ものもある。その典型例が同じくGulagu.netにOsechkinが掲載した3月9日付のアナリストからの手紙の内容だ。そこには中国の台湾進攻の可能性について、次のようなくだりがある。
「習近平はこの秋に台湾を占領することを、少なくとも検討はしていた。彼は、中国共産党内の権力闘争に勝ち抜いて3期目続投を実現するため、自らの「小さな勝利」を必要としているからだ。だが今回のウクライナでの戦闘勃発によって、その絶好のチャンスが失われた。そしてアメリカには、習近平を脅し、また彼の政敵たちと好条件で交渉を行うチャンスがもたらされた。」
真偽の最終判断は読者にお任せするが、筆者は懐疑的だ。情報源は正しくても、その情報源が下す判断や分析が誤っていれば、その情報は「正確でなくなる」の典型例ではないか。要するに、仮に情報源が信用できても、内容を鵜呑みにしてはならないということだ。もっとも、こんなこと、情報屋にとっては常識なのだが・・・。
以下、各地域についてはウクライナ危機の陰で埋もれそうな重要ニュースを紹介しよう。
〇アジア
米国務長官が3月21日、首都ワシントンのホロコースト記念博物館で演説を行い、ミャンマー国軍によるイスラム系少数民族ロヒンギャへの迫害について、バイデン政権が「ジェノサイド(集団虐殺)」に認定したと発表したそうだ。うーん、ジェノサイドの定義は拡大するばかりだが・・・・。
〇欧州・ロシア
対ロシア追加制裁として、EUはロシア産原油の輸入禁止を改めて検討しているという。ロシア産原油については米英が3月8日、輸入禁止の方針を表明したが、24日のNATO首脳会談を控え、EUとしても追加制裁を考えているらしい。NATO全体でどこまで連携できるのか、結果に注目したい。
〇中東
エジプト治安当局筋によれば、21日にシシ大統領がイスラエルのベネット首相とアラブ首長国連邦(UAE)の事実上の指導者であるアブダビ首長国のムハンマド皇太子とエジプト国内のリゾートで会談したという。これを米抜きの中東と見るか、米イスラエルと湾岸アラブ諸国の連携にエジプトも加わったと見るか。筆者は後者だと考える。
〇南北アメリカ
今週米内政の一大関心事は、バイデン米大統領が連邦最高裁判事に指名したアフリカ系女性に対する上院司法委員会公聴会の行方だ。民主党内の支持が固まれば承認される見通しで、早ければ4月にも連邦最高裁233年の歴史で初のアフリカ系女性判事が誕生する。これって実は凄いことなんだがなぁ。
〇インド亜大陸
岸田首相のインド訪問について一部に、共同声明にロシアへの言及がなく、共同記者会見でもモディ首相がロシアに言及しなかったことで、あまり成果がなかった、と見る向きもある。しかし、それは違うだろう。外交には、「公表する」ことに意義があるものと、「公表しない」からこそ意義のあるもの、両方がある。「公表されなかった」からといって「成果がない」と断ずるのは、あまりプロフェショナルな議論ではない。インドの強かな立場など百も承知である。問題はロシアや中国の問題についてインドとどこまで話し合ったかだろう、これが外交の常識である。今週はこのくらいにしておこう。
10月1-2022年3月31日 ドバイ国際万博開幕
1月25-4月15日 ジュネーブ軍縮会議 First part(ジュネーブ)
3月1-26日 規約人権委員会 第134回会合(ジュネーブ)
1-4月2日 国連人権理事会
5日₋4月1日 総会 第5委員会 First part of resumed session (ニューヨーク)
8₋26日 障害者の権利委員会、第26回会合(ジュネーブ)
15-26日 ILO 理事会と委員会 第344回会合(ジュネーブ)
21日 EU外相理事会(防衛)(ブリュッセル)
21日 EU農水相理事会
21-22日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
21-22日 世界銀行・マルパス総裁がセネガルを訪問
21-25日 東京電力福島第一原発におけるALPS処理水の取り扱いに関する規制レビューIAEA関係者の訪日
21-26日 第9回世界水フォーラム(セネガル)
22日 EU一般問題理事会(ブリュッセル)
22日 ロシア反体制派ナワリヌイ氏に判決
23日 G7貿易大臣会合(バーチャル)
23日 軍縮委員会 organizational session(ニューヨーク)
23日 第3回2022年ASEAN加盟国 経済代表部会合
23日 EU ECB政策理事会(非金融政策)(フランクフルト)
23日 ロシア1-2月鉱工業生産指数発表
23日 ロシア1月貿易統計発表
23日 米国「ウイグル強制労働防止法」に基づく国務長官報告書の議会提出期限
23-24 日 第66回ASEAN 知財協力作業部会
23-24日 欧州議会本会議(ブリュッセル)
24日 ECB一般理事会(フランクフルト)
24日 メキシコ1月小売・卸売販売指数発表
24日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
24-25日 欧州理事会(ブリュッセル)
27日 香港特別行政区行政長官選挙
27日 ドイツ ザールラント州議会選挙
27日 鳥取市長選
27日 米アカデミー授賞式(米・ロサンゼルス)
<28-4月3日>
28日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
28日 WTO紛争解決機関会合
28日 メキシコ2月貿易統計発表
29日 EU雇用・社会政策・保健・消費相委員会(ブリュッセル)
29日 オーストラリア連邦政府2022/2023年度予算案発表
30日 メキシコ2月雇用統計発表
30日 米国2021年第4四半期および2021年年間GDP発表(確定値)
31日EU 2月失業率発表
31日 中国3月PMI(国家統計局)
31日 欧州議会委員会会議(ブリュッセル)
31日 ブラジル2月全国家計サンプル調査発表
31日USTRによる外国貿易障壁報告書の提出期限
31日 ファルコン9(午前3時46分) AX-1 (Axiom Mission 1)(ケネディ宇宙センター)
4月1日 米国3月雇用統計発表
1日 ブラジル2月鉱工業生産指数発表
3日 セルビア大統領選挙、議会選挙
3日 コスタリカ大統領選決選投票
3日 ハンガリー議会選挙
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問