外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2022年3月22日(火)

デュポン・サークル便り(3月18日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントン近郊は一気に春らしくなりました。国立公園管理局によれば、ワシントン・モニュメント近くのタイダル・ベイスンのソメイヨシノは、早ければ来週にも満開になるとか。毎年恒例の行事である「桜祭り」ももうすぐ始まります。昨日の317日は、アイルランド人の聖人である聖パトリックを祝う「セント・パトリック・デー」。アイリッシュ・パブはどこも満員、レストランやバーでは軒並み、この日限りのドリンクや食事がメニューに並びました。2年間中止になっていた、ニューヨーク5番街で行われるパレードも、今年は復活。「コロナ前」の賑わいが確実に戻りつつあります。日本の皆様、いかがお過ごしでしょうか。

ワシントン時間の223日夜、ロシアがウクライナに侵攻を開始してからというもの、ウクライナ情勢が引き続き、ワシントンで最大の話題です。侵攻が始まる前、バイデン大統領は、記者会見中に記者からの質問に対し「ロシアの軍事行動がどのような規模になるのかによってアメリカの対応も変わる」と「?」な回答をして、事後、釈明に追われたりもしていました。ですが、一旦、ことが始まってからは、侵攻が始まった翌日の午後に早速記者会見をして以降、継続的にNATO同盟国やEUG7での協議を主導し、対ロシア経済・金融制裁措置を次々と発表しています。アントニー・ブリンケン国務長官とロイド・オースティン国防長官が、「外交」「軍事」の両分野で同盟国との協議に奔走。オースティン国防長官は316~17日までブリュッセルで開かれたNATO国防相会合に出席しました。

ウクライナ情勢は、31日に行われた一般教書演説にも大きな影を落としました。通常、この演説では、大統領が「米国の状況はよい(state of the Union is good!」という出だしで口火を切った後、自分の政権が1年間で取り上げることを予定している政策課題について次々と説明していくのが通例です。が、今年は別。「今晩、私たちは、民主党員、共和党員、無所属、いえ、それ以上に『アメリカ人』としてここに集っています。。自由は必ず、圧政に打ち勝ちます」という出だしで始まり、10分以上がウクライナ問題に費やされました。さらに、316日朝には、ウクライナのゼレンスキー大統領が米議会議員に対してビデオ生中継で演説。約20分の演説の中「皆さんからのさらなる支援をお願いしたい」として、ウクライナ上空の飛行禁止区域指定、ロシアに対するさらなる経済制裁の継続、さらなる軍事支援などを、場内の上下両院議員に直接アピールしました。

ロシアによる軍事侵攻が始まったばかりの頃に、国外退避の支援を申し出たバイデン大統領に対して「アシは必要ありません。私に必要なのは弾薬です(I do not need a ride. I need ammunition )」と答えて申し出を断り、ウクライナ国内にとどまって戦い続けることを選んだゼレンスキー大統領は、アメリカ国内で絶大な支持を集めています。このビデオ演説を、緑のTシャツを着て行ったゼレンスキー大統領に対して「議員に演説するのに、スーツを着ないなんて」とツイートしたある共和党下院議員のツイッターは「冗談でしょ?」「戦争真っ只中の国の大統領に対して失礼だ!」と大炎上。ツイートから数日たった今も、ツイッター上で釈明に追われています。ゼレンスキー大統領の演説に応えるように、数時間後には、バイデン政権は対空システムその他の武器を含む、総額8億ドルの軍事支援パッケージを発表しました。

とはいえ、バイデン政権はウクライナ上空を飛行禁止区域に設定することや、NATO加盟国ではないウクライナに対して米軍を直接投入する計画はない、という立場を変えていません。この2つは、米ロの直接軍事衝突のリスクを限りなく引き上げるためのものであり、ゼレンスキー大統領のファンが民主、共和両党に数多くいる米議会も、同様の立場をとっています。

さらに、ロシアが中国に対して軍事支援を要請したことで、これに中国がどのように対応するかもバイデン政権は注視しています。すでに、一部の米系メディアでは、中国が対ロ軍事支援で前向きであるという報道が出始めており、今後の動きによっては、バイデン政権は、ロシアと中国という、「戦略的競争相手」に認定した2か国との緊張が同時に高まる可能性も出てきました。

ウクライナ情勢をめぐり、外交が毎日、目まぐるしく動く中、ホワイトハウスは324日にブリュッセルで開催されるNATO首脳会談にバイデン大統領が出席することを発表しました。首脳会合では、ロシアに対するさらなる経済制裁だけではなく、飛行禁止区域設定を設定するべきか否かも議論の対象になることが予想されます。バイデン政権の外交にとっての正念場は当分、続くことになりそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員