外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年12月14日(火)

デュポン・サークル便り(12月13日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、先週から今週にかけて、真冬と初秋を行ったり来たりのお天気が続いています。11日(土)には、陸軍大学と海軍大学の間で毎年行われる恒例行事のフットボールの試合「Army-Navy Game」が開催されました。このArmy-Navy Gameは日本で言えば早慶戦に匹敵する伝統ある試合。ここ数年、陸軍大学が海軍大学に連勝していましたが、今年は海軍大学が4点差という僅差で勝利。日頃の仕事で海兵隊や海軍との接点が多すぎる私は、当然、海軍大学を応援。土曜日の試合当日は、息子が友達の家に行って不在にしているのをいいことに、テレビを見ながら絶叫しておりました。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンは、一言でいうと「オミクロン祭り」。感染のスピードや、感染後重症化する割合など、まだまだデータが揃わないためわからないことも多いのが変異株のオミクロンです。ですが、全米疫病予防センター(CDC)は素早く、オミクロン株への耐性を上げるために、50歳以上のブースター接種を推奨。現在ではブースター接種推奨年齢の下限は18歳まで引き下げられています。とはいえ、先週の時点でCDCが公表したデータによれば、全米でコロナワクチン接種を完了(モデルナ社とファイザー社のワクチンは2本接種、ジョンソン&ジョンソンは1本)している人は全人口の60%に届くかどうか。水準を「ワクチンを1本でも接種している人」まで落としても、全人口で70%そこそこの人しかワクチンを接種していません。このため、現在のアメリカではオリジナルのコロナウイルス、デルタ株、オミクロン株の3種類が、ワクチン未接種人口の間で急速に感染を広げており、重症化の割合も上がっています。このため、一部の州では、今年の夏以降、緩和されていたマスク着用義務などの規制を再び導入する州も。また、コンサート会場やレストランなどで、入場・入室時にワクチン接種記録の提出を義務付けるところが増えてきました。身分証明証と一緒にワクチン接種記録を携行するのが「ポスト・コロナ」の生活様式の一部になるのかもしれません。

国内政治も相変わらず賑やかです。週末にかけて、16日の連邦議会議事堂襲撃事件について下院に設置された調査委員会からの召喚状を、トランプ前大統領の通商政策担当アドバイザーだったピーター・ナバロ氏が拒否したことがニュースを賑わせました。トランプ前大統領は一貫して、側近とのやり取りの記録は大統領権限により公開不要と主張していました。これを根拠にスティーブ・バノン氏が委員会からの召喚状を無視し議会公聴会への出席を拒否したことは以前も話題になっていました。その意味では、ナバロ氏も、バノン氏に倣った対応をしたことになります。ただし、下院の調査委員会は、ナバロ氏が持っている情報や知見は「大統領権限の範囲外」として全面対決の構え。今後の成り行きが注目されます。

このような中、先週は、共和党重鎮のボブ・ドール元上院院内総務(元大統領候補)死去のニュースがワシントンで大きな話題となりました。カンザス州出身の同上院議員は、もはや数少なくなった第二次世界大戦経験者。従軍時に受けた傷の後遺症で右腕が殆ど使えなくなってしまうというハンデを克服し、1960年に連邦下院選挙に出馬し、初当選。その後1969年に上院に初当選してから、1996年の大統領選に出馬するまでの27年間、上院議員として活動しました。右腕が殆ど使えないため、選挙集会などでの握手は全て左手。従軍経験から、議員在職中は、退役軍人問題に非常に強い関心を持って活動をつづけました。夫人のエリザベス・ドール(通称リディ(Liddy))も、レーガン政権で運輸長官を、ブッシュ(父)政権で労働長官を務めた、ハーバード法律大学院卒の才媛。ノースカロライナ州選出上院議員も務め、一時は本人も大統領選挙出馬への意欲を見せていた実力者です。

そんなパワーカップルではありますが、ドール元上院院内総務本人は、大統領選の時期に、自分の自宅の前で待機するプレスに、早朝、ドーナツと暖かいコーヒーの差し入れをするような温かい人柄と、独特のユーモアのセンスが愛され、大統領選挙後、政界から引退した後も、テレビコマーシャルやコメディ番組から引っ張りだこ。一時はCNNの政治討論番組で、1996年大統領選挙で対決したクリントン元大統領と共演(?)したことも。また、2018年にブッシュ元大統領が死去した際には、棺が置かれていた連邦議会のロタンダを訪れ、当時すでに車椅子生活に入っていたにも拘わらず、側近の助けを借りて渾身の力で車いすから立ちあがり、ブッシュ大統領の棺に向かって敬礼。その様子は、CNNなどで全米のお茶の間に流れ、人々の心を打ちました。

共和党の愛称でもある「偉大なる古い政党(Grant Old Party, GOP)」を体現するようなドール元院内総務の葬儀は1210日にワシントン大聖堂で行われ、クリントン元大統領、クウェール元副大統領、チェイニー元副大統領、ペンス元副大統領などが参列しました。バイデン大統領も出席し、「永別のラッパは、我々の時代の偉人、いや時代を超越した偉人のために響いている」と、上院での元同僚を讃え、その死を悼みました。また、葬儀の後に別途ワシントン市内で行われた追悼行事には、ドール元上院院内総務の現役時代を知らない若者も出席。メディアのインタビューに対し、ある若い女性は「国家への奉仕や、党派を超えた協力を模索していた話を聞くと、今の時代にもっとそういう精神が必要だと思うから、敬意を払いに来ました」と答えていました。ですが、2016年大統領選挙で彼が悩んだ末に支持を表明したトランプ前大統領の姿はなし。もはやメディアも、トランプ前大統領の不在を話題にすらしませんでしたが、なんというか、やはり残念です。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員