外交・安全保障グループ 公式ブログ

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2021年11月5日(金)

デュポン・サークル便り(11月5日)

[ デュポン・サークル便り ]


先週まで「朝晩は涼しいけど、日中は暖かい」気候だったワシントン。なんと、今週は、初霜が下りました。ハロウィンも終わり、スーパーなどの店内は感謝祭にちなんだグッズ(七面鳥をあしらった台所用品など)で一杯です。気が早い店では、早くも秋にしかリリースされないビールのオクトーバーフェストやパンプキン風味のビールやサイダーに代わって、クリスマスにしか出回らないビールが店頭に並び始めました。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

国外では気候変動サミットなどが話題ですが、今週のワシントンの関心は国内問題一色です。特に、11月2日に全米諸州で行われた知事選や州議会選挙が、来年の中間選挙の行方を占うものであるとして、大きな関心を集めました。中でも、最も関心を集めたのは、私が住むバージニア州の州知事・議会選挙でした。

大統領選挙のたびに「激戦州」認定されるバージニア州。もともとは、農家や畜産農家が多い州で、人口も白人が圧倒的多数を占めていたため、共和党支持層が多数を占める州でした。ところが、ここ20年間で、特に首都ワシントンDCに近い北部バージニア州は、連邦政府や、防衛産業のように、様々な契約を政府から受けることでビジネスを成立させている企業、このような企業に対するコンサルティングをする企業などがプレゼンスを拡大するにつれて、人口が増えると同時に住民の多様化・高学歴化が進みました。北部バージニア以外の地域でも、首都リッチモンドや、州立大学の中でも全米トップクラスを誇るバージニア州立大学、ウイリアム&メアリー大学、バージニア工科大学などを抱える地域で、同じように人口増及び多様化が進みました。その結果、バージニア州は徐々に民主党支持増が増え始め、今では、選挙のたびに激戦州として、投票結果が注目される州の一つとなったのです。

そんなバージニア州なので、知事選や州議会選の行方は当然ながら全米の注目の的。特に、今年は知事選で、民主党が州内での知名度抜群のテリー・マコーリフ元バージニア州知事を立てて、楽勝するかと思いきや、共和党側の候補として出馬したビジネスマン出身のグレン・ヨンキン候補が、州内の知名度ほぼゼロのハンデを乗り越えてまさかの勝利を収めたことは、ビッグニュースとなりました。ワシントン・ポスト紙がバージニア州知事選の結果を、投票日翌日の2日も、3日も、1面、しかもかなり多くの紙面を割いて報じていることからも、いかにこの選挙が注目されていたかが分かります。

ニュージャージー州など、知事選が行われた州は他にもあるのに、なぜ、バージニア州知事選がここまで注目されたのでしょうか。それは、ヨンキン候補が、知事選を通じて、来年の中間選挙に向けて、「共和党候補、かく戦うべし」のお手本のような選挙戦を展開したからです。

そもそもこの知事選、先月までは、元州知事として、知名度が圧倒的なマコーリフ元知事が優位に立っていました。ところが、状況が一変したのが、知事候補討論会。この場でバージニア州の教育問題について質問されたマコーリフ元知事が、返答の中で「親が学校で何を教えるかに口を出すなんてありえない」と発言してしまったのです。

公立学校の私立学校も、文部科学省が設定する指導要領から大きく外れることがないことが基本的にはどの家庭にも受け入れられている日本では、上記の発言の何が問題なのか、ピンとこないかもしれません。ですが、アメリカではここ数年、公立学校の教育カリキュラムが、アメリカの歴史の教え方が白人側の観点に偏りすぎていないか、あるいは「性教育や、同性愛や同性愛婚などを含む、本来、親が子供の成長を見ながら徐々に家庭で教えていくべき問題を、あまりにも早く学校で子供たちに教えすぎ、親がコントロールできない」として、父兄と学校が対立する場面が増えてきているのです。また、コロナ感染拡大後、公立学校の多くが、教職員組合と折り合いをつけられずに今年に入るまでズルズルとバーチャル授業を続けていた中、私立学校は、昨年秋から大部分の学校が対面授業を再開。このため、「公立学校のバーチャル授業では子供が何も学ばない」として私立に編入させる親も増えています。

全米の中でも教育水準が高く、教育熱心な「意識高い系」の親がいる家庭が多いバージニア州。そんな中でマコーリフ州知事の「学校で教えている内容に親が口出しするなんてありえない」の発言は、大きな地雷を踏んでしまったも同然でした。ヨンキン陣営は素早くこの失言にとびつき、「親が子供の教育に関与する機会を奪うマコーリフ」というレッテルを貼り、最後の一か月の選挙戦を展開したのです。この結果、2020年大統領選挙でバイデン大統領に投票した郊外の教育熱心な親たちが一気に「マコーリフ離れ」を起こし、ヨンキン候補支持に回りました。私の周りでも、討論会でのマコーリフの発言以降、「マコーリフを支持しようと思っていたけどやめた」という人が実際に何人もいました。

その他にも、ヨンキン候補は、トランプ前大統領から早い段階で支持を取り付けた後は、前大統領に応援演説を頼むこともせず、さりげなく距離を置きました。そして、前述の教育問題をはじめ、食品税など、有権者の関心が高い、毎日の生活に影響を与える問題にフォーカス。マコーリフ陣営がヨンキン候補をトランプ前大統領と結びつけようとする中、ヨンキン候補は毎日カジュアルな服装に身を包み、ニコニコしながら選挙集会を各地で開催。「人の好いビジネスマン出身の、普通の人の痛みが分かるおじさん」のイメージを前面に押し出して選挙戦を戦いました。また、大統領と副大統領のペアに投票する大統領選とは違い、知事選は、どの州も、知事、副知事、州司法長官がそれぞれ投票の対象になります。ここでも共和党が副知事候補に黒人女性、州の司法長官候補にヒスパニック系の男性を立てたことも「人種問題を真剣に受け止め、変わろうとしている共和党」のイメージを州内で拡大させることに役立ちました。

その結果、知事選ではヨンキン候補が、事前予想をはるかに上回る得票数でマコーリフ元知事を突き放し勝利しただけでなく、副知事や、州の司法長官も共和党候補が勝利。州議会下院でも、共和党が多数党の座を奪回する、という結果となりました。

激戦州のバージニア州で共和党が知事から州議会まで総ナメするという結果は、民主党にとっては大きな痛手です。これからどのように中間選挙に向けて民主党が大勢を立て直すのかが注目されます。

もう一つの大きな話題は、コロナワクチン。現在、すでにアメリカでは12歳以上はコロナワクチンの接種を受けることができますが、幼稚園~小学校の年齢層の子供はワクチン接種対象になっていません。このため、感染力の強いデルタ変異株が、主にワクチン未接種層の間で広がり始め、全米の小さな子供を持つ家庭は気が気ではありませんでした。ですが、今週、ついに、連邦薬品局(FDA)が5~11歳の子供に対するワクチン接種を許可。小さな子供を抱える家庭にとっては朗報となりました。

知事選やワクチンのニュースで全米が盛り上がる中、アメリカの国際的威信を取り戻すために頑張ったバイデン大統領の外遊は、一部の専門家の注目を集めた以外は、ほぼ完全にスルー。やはり、アメリカは国内が安定してこそ、外交政策が評価される国なのだなぁ、ということを実感させられる1週間となりました。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員