外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

  • 当サイト内の署名記事は、執筆者個人の責任で発表するものであり、キヤノングローバル戦略研究所としての見解を示すものではありません。
  • 当サイト内の記事を無断で転載することを禁じます。

2021年10月15日(金)

デュポン・サークル便り(10月15日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、今週末ぐらいから一気に気温が下がりそうです。コロナ下ではありますが、レストランやバーはどこもそれなりに混んでいて、秋にしか発売されないビール、オクトーバーフェストがどこに行っても人気です。住宅地ではどこの家も、競ってハロウィンの飾りつけをしています。我が家も先週末に、郊外の農場にパンプキン狩りに行き、巨大パンプキンをゲットしました。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンは、先週まで、「すわ、アメリカ建国以来のデフォルトか?!」という危機感が漂っていました。あの債務上限の引き上げをめぐる交渉が、先週、上院でとりあえず12月中旬まで最終的な合意を延期する合意に達しました。それに続き、下院でも10月12日には12月3日まで債務上限を引き上げる合意が成立したことで、なんとか当面は落ち着きました。ですが、9月以降、断続的にお伝えしている、総額10兆ドルのインフラ投資法案と、総額35兆ドルの「ビルド・バック・ベター法案」と呼ばれる経済政策法案の内容をめぐる交渉は、ほとんど進展を見せていません。債務上限の引き上げについても、共和党が完全にへそを曲げ「民主党が両院総会での内容のすり合わせも、民主党だけで勝手にやれば。でも、共和党がある程度飲める法案が出てこなければ、上院で審議妨害(注:上院では、本会議での法案についての討論を打ち切って投票に付すための動議を可決さえるためには3分の2の賛成票が必要ですが、現在の上院では共和党の賛同者が足りず、共和党議員の数名が民主党と一緒に投票しなければ、3分の2の賛成票に到達できないのです)して、本会議で投票にできないようにするから、そのつもりでいてね」という立場から一ミリも動いていないため、まだまだ楽観はできません。

そんな中、今週は、今年1月6日に、一部のトランプ前大統領支持者が引き起こした連邦議会議事堂襲撃事件との関連で、トランプ前大統領や彼の側近の名前が久しぶりにメディアを賑わせました。現在、下院ではこの事件の経緯、特に、当時、バイデン政権への政権交代まで2週間を切っていたトランプ前大統領が、議会議事堂を襲撃した暴徒の動向をどこまで把握していたのか、などを焦点に、特別委員会が設置されて調査が行われています。特に、トランプ前大統領がこの事件にどこまで関与していたのかを知る上で、当時のトランプ前大統領の側近から証言を取ることは非常に重要。このため、この下院特別委員会では、トランプ前大統領に近いとされるスティーブ・バノン、マーク・メドウズ、ダン・スカビノ各氏に召喚状を出し、議会の公聴会に出席して証言することを求めていました。

ですが、そんな委員会の動きに対抗するように、トランプ前大統領は、彼自身はもちろん、彼の側近も、行政府特権を行使して召喚状に応じないことができる、と主張。それでも大多数の前大統領の側近は、証言時間を短くするなどの交渉を委員会側と行い、何らかの形で証言をしているのですが、在職期間中だけでなく、離職後も行政府特権を行使することができる、という法的根拠は極めて怪しいでしょう。この前大統領の主張に全面的に合わせる形で、バノン氏だけはひたすら召喚状を無視して調査委員会への協力を拒否。業を煮やした議会の調査委員会が、召喚状に応じないバノン氏は刑事的議会侮辱罪(criminal contempt of Congress) を犯したとして訴えるつもりだ、と発表したのです。今後はバノン氏の召喚状無視の是非が大陪審による審議に始まる法廷闘争に持ち込まれることになります。

とはいえ、来年の中間選挙を考えると、1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件、という、もはや過去の出来事にこだわりすぎることは、民主党にとっても得策ではありません。しかも、「トランプ前大統領は、来年の中間選挙で、共和党が議会で多数党の座を奪回すると見越して、この問題を来年までずるずると引き延ばせば、調査委員会そのものも活動を停止し、1月6日の事件における自分の責任は不問にされると見込んでいる」という見方まで出てきています。

全米のお茶の間に衝撃が走った1月6日の連邦議会議事堂襲撃事件の余波は、完全に中間選挙の前哨戦と化した感のあるバージニア州知事選挙まで及んでいます。グレン・ヨンキン共和党知事選候補の選挙集会で、彼の支持者の一部が1月6日に議事堂を襲撃した人々を支持するプラカードを持っていたことがやり玉にあげられたのです。この一件をめぐり、テリー・マコーリフ民主党知事選候補は、ヨンキン候補に対して「襲撃事件に参加した人を明確に非難すべきだ」と詰め寄りました。対するヨンキン候補は、「1月6日の暴力は悲惨で、間違っていた」と述べるにとどまりまっています。11月2日の投票日までわずか2週間余り。現在、ほぼ互角の戦いとなっているこの選挙戦の今後の展開も要注目です。

しかし、政権発足から1年も経たないうちに、こんな状況になるとは・・・まさに、「一寸先は闇」ですね。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員