外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年9月3日(金)

デュポン・サークル便り(9月3日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンは、この数日、ハリケーン・アイダの影響を受け、不安定な天気が続いていましたが、今週末ぐらいからようやく、過ごしやすい天気になるようです。今週末は、週明けの月曜日(9月6日)がレーバー・デーのため、3連休となります。9月第一週のこの3連休で、夏休みモードが終わります。プールが来年の夏まで閉まるのもこの連休後、ということで、週末はどこのプールも「ブール納め」のイベントで賑やかになります。日本の皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

今週のワシントンは、相変わらず、アフガニスタン情勢が話題の中心です。米軍が、在アフガニスタン米大使館員とその家族、加えて、過去20年間、アフガニスタンにおける米軍の活動に協力してきたアフガニスタン人とその家族をアフガニスタンから出国させる作業の真最中に8月26日にカブール空港で発生した自爆テロ事件により、空港で活動していた米軍兵士13名が犠牲者となりました。犠牲になった兵士13名の全員が2001年9月11日のテロ事件以後に生まれた若者たちだったことから、ワシントン・ポスト紙などのメディアは彼らの死を「9・11の子供たち(children of 9/11)が、9・11から始まったアフガニスタンでの米軍の活動に終止符を打とうとする今、命を落とした」として大々的に報じました。

ただでさえ「時期尚早だったのでは」「もっと違うやりかたがあったのでは」などと、民主、共和両党から批判の声が上がっていましたが、バイデン政権は米軍をアフガニスタンから完全に撤収すると決定しました。米軍撤退に伴う大混乱の中で、米軍兵士13人が死亡したことで、政権に対する批判のボルテージは一気に高まっています。特に批判の焦点となっているのは、「米軍完全撤退を発表したあと、これだけ早い時期にアフガン軍が腰砕けになり、タリバンに政権奪取を許してしまうことが、なぜ予見できなかったのか」という点です。「アフガニスタンからの米軍完全撤退」という選挙公約を守ることを重視したバイデン大統領の側近が、現地でのリスクに関する情報を大統領まで上げていなかったのではないか、アントニー・ブリンケン国務長官が、現地大使館からしっかりと情報を吸い上げていなかったのではないか、などの批判が、連日出てきています。当初の予定だった8月31日よりも1日早い30日に、米軍はアフガニスタンからの撤収を終えましたが、まだ出国できずにアフガニスタン国内に取り残されている米国人が数百名いるとも言われます。彼らの安否が確認されるまで、まだ、事態の収束には時間がかかりそうです。

この時期に米軍をアフガニスタンから撤退させることを決心した政策判断そのものに対する是非は、まだこれから当分、議論が続くとしても、米軍撤退の際に大混乱を引き起こしたことは、間違いなく、バイデン政権にとって大チョンボとなりました。事態がある程度収まったところで、バイデン政権の外交・安全保障政策スタッフの幹部の誰かが引責辞任することは避けられないという見方も強まっています。

バイデン政権が、得意だったはずの外交政策で躓いたことで、ただでさえ内政問題でバイデン政権とほぼ全面対決姿勢に入っている議会共和党の勢いは加速。ミッチ・マコーネル共和党上院院内総務などは「アフガニスタン問題で大統領を弾劾するつもりはない。このような問題については、選挙で直接、国民が審判を下すべきだ」と発言、早くも、今回のバイデン政権のチョンボを中間選挙で勝ちを取りに行く材料に使う気マンマンです。

さらに内政問題では、テキサス州が、妊娠6週目以降の中絶を実質的に全面禁止する法律を州議会で成立させたことも大きな話題となりました。女性の中絶問題というのは、あまり日本では話題になることがありませんが、アメリカでは国論を二分するといっても過言ではない大問題です。1973年に、「Roe v. Wade」というケースで最高裁が「米国憲法は、妊娠中の女性は、政府から過剰な介入を受けることなく中絶を選択する権利を保護している」という判決を下してからも、この論争は収まるどころか、「胎児の生存権」を主張する保守派と、「女性の権利」を主張するリベラル派が今でも激しい対立が続いています。このため、テキサス州が成立させた「テキサスの心臓の鼓動法(Texas Heartbeat Act)」は違憲ではないかという声が、中絶擁護派の中から当然上がり、中絶手術を行うクリニックが、米連邦最高裁に対して、同法の執行停止を求め、控訴していました。ですが、最高裁は、賛成4,反対5で、同法の執行停止をしないことを決定。「テキサスの心臓の鼓動法」が発効することになりました。

そこで今回、改めて焦点が当たったのが最高裁判事の構成です。現在の最高裁は、民主党大統領が指名した、所謂「リベラル」な判事が3名、共和党大統領が指名した「保守的」な判事が6名、という構成になっています。また、保守派の判事6名のうち3名は、トランプ政権期間中に指名された判事で、いずれも中絶の権利により批判的な立場で知られていることから、この3名が就任した当初から「Roe v. Wade」の最高裁判決がひっくり返される可能性が指摘されていました。正面切って「Roe. V. Wade」判決をひっくり返しこそしなかったものの、今回の最高裁の判断により、この懸念がいつ現実のものになってもおかしくないことが明確になりました。

実は、オバマ政権時代、大統領は2期8年の任期があったにも拘わらず、高齢なリベラル派の判事に辞任を促して、より若いリベラル派判事を指名、世代交代を図ろうとしませんでした。当時オバマ大統領に対しては、将来、保守派の判事が最高裁で多数派の状態が長く続くことを許してしまいかねない状況を作ったと批判する声がありました。実は私は、アメリカで30年近く生活していながら、最高裁判事の指名が、なぜこんな大きな政治ネタになるのかピンと来ていなかったのです。今回のテキサス州の中絶禁止法をめぐる動きで、ようやく事の重大さに気づかされました。というのも、リベラル派最高裁判事の最長老だったルース・ベーダ―・ギンズバーグ最高裁判事がトランプ政権期間中に死去したことで、トランプ大統領は政権末期に保守派のエイミー・バレット判事を3人目の最高裁判事に指名することに成功しました。今回の案件ではそのバレット判事がタイ・ブレーカーとなる一票を投じたため、テキサス州の中絶禁止法が執行停止されず、その結果、この法律が発効するに至ったからです。

そんな中、ブッシュ政権時に指名された保守派の判事でありながら、今回、リベラル派判事3名と一緒に賛成票を投じ、少数意見に回ったのがジョン・ロバーツ最高裁首席判事でした。トランプ政権時から、法律が絡むほぼ全ての問題でトランプ大統領の意向とは真逆の判断を下し、トランプ大統領を何度となく激怒させてきたロバーツ判事ですが、今回も、自分の政治的な信条は棚上げし法律家としての責任を果たそうとする同判事の姿勢に私は、深く感銘を受けました。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員