外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年8月16日(月)

デュポン・サークル便り(8月13日)

[ デュポン・サークル便り ]


朝夕は秋の到来を思わせるようなお天気が連日続いた先週とは打って変わって、今週は再び、蒸し暑い「ワシントンの夏」が戻ってきました。連日「最高気温90℉台後半、体感温度100℉越え」に加え、スコールを思わせるような激しい雷雨。今週前半は、気候変動が今まで以上にリアルに感じらます。日本の皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

今週のアメリカの内政最大のニュースは、紆余曲折と民主、共和両党とホワイトハウスの間での数か月の交渉を経て、ようやく、インフラ投資法案が上院で可決されたことです。この法案は、今年の春にバイデン政権が発表した「ポスト・コロナ」を睨んだ景気刺激策の一部で、昨年の選挙を「(米国を)より良く建て直す(Build Back Better)」というキャッチフレーズを掲げて戦ったバイデン大統領にとっては、最重要政策の一つです。ですが、政権が3月に発表したオリジナルの景気刺激策は、インフラ投資だけではなく、車の省エネ化を推奨するための補助金、コミュニティ・カレッジ(2年間)の無償化、公立学校におけるプリスクール(日本の保育園に当たります)の開始、18歳以下の子供を抱える家庭を対象にした育児支援金の継続などを含む、予算総額200兆ドルにも及ぶ大がかりなもの。しかも、財源の一つに、法人税引き上げが含まれていたことから、これに議会共和党が猛反発。バイデン大統領が6月の欧州外遊出発前に議会との直接交渉に乗り出したものの、交渉は決裂し、一時は法案成立のめどが立たず、バイデン政権は厳しい立場に置かれていました。

ですが、その後、上院で民主、共和両党の上院議員のグループが、インフラ投資関連予算の部分だけを法案化。週末・休日返上で法案を巡って粘り強く交渉を続けた結果、8月10日に、総額1・5兆ドルのインフラ投資法案が共和党議員19名の賛成を得て、賛成69票、反対30票で無事可決され、下院に送付されることになりました。

とはいえ、楽観は禁物。インフラ投資法案は上院を通過したものの、この法案を受け取った下院では、すでにナンシー・ペロシ下院議長が独自に動き始めています。インフラ投資法案可決直後、上院民主党が審議に向け動き始めた、車の省エネ化を推奨するための補助金、コミュニティ・カレッジ(2年間)の無償化、公立学校におけるプリスクール(日本の保育園に当たります)の開始、18歳以下の子供を抱える家庭を対象にした育児支援金の継続などを含む総額約3.5兆ドルの歳出法案(民主党側は、この法案を「人的インフラ投資法案」と呼んでいます)が上院を通過し下院に送付されるまでは、このインフラ投資法案の採決に持ちこまないと表明。共和党は二本目の法案に対し「負債をむやみに増やすだけ」と猛反発していますので、上院での審議が難航することは避けられません。しかも、この二つの法案が成立するかどうかは、来年の中間選挙に向けて、有権者にアピールできる実績を作れるかどうかに直結するため、きわめて重要です。

また、先週の「デュポン・サークル便り」でもお伝えした、アンドリュー・クオモ・ニューヨーク州知事のセクハラ疑惑についても、8月11日にクオモ知事が月末に辞任する意向を示したことが、メディアでは大きく取り上げられました。先週、州政府の複数の女性スタッフにセクハラ的言動を繰り返していたとする報告書が同州の検察から発表されました。これを受け、クオモ州知事に対しては、バイデン大統領、ペロシ下院議長、シューマー民主党上院院内総務を始め民主党の実力者から相次いで辞任を求める声が噴出し、ニューヨーク州議会で弾劾の手続きまで始まっていました。ですが、クオモ州知事が辞任の意向を示したことで幕引きが図られた形となりました。

それにしても、州知事として10年も務めたクオモ知事。父親のマリオ・クオモ氏も、ニューヨーク州知事として3期務めた政治家一族出身です。昨年、ニューヨーク市でコロナウイルスが猛威を振るっていた時は、コロナウイルス対策で陣頭指揮をとり、自ら記者会見に毎日登場し、メディアからの質問に最後まで丁寧に答え、「有事のリーダー」として人気が急上昇していました。ニューヨーク州議会で成立した「セクハラ防止法案」に署名し、同法を成立させた彼自身が、セクハラ疑惑で知事職を追われることになるとは、皮肉意外の何物でもありません。政治はまさに「一寸先は闇」ですね。

さらに、そうこうしている間に、米軍が撤退しつつあるアフガニスタンでは、治安情勢が日々、悪化、タリバンが完全に勢いを取り戻して、カンダハルなどの主要都市を次々と制圧しています。首都カブールがタリバンの手に落ちるのは時間の問題という見方もあり、現在、バイデン政権にとっては、アフガニスタンに駐在している米大使館員や、米軍の通訳や協力者とその家族を安全に出国させるための、時間との闘いが始まっています。9・11テロ事件20周年の今年、アフガニスタンから米軍を撤退させ「戦闘終了」を宣言することはバイデン政権にとって象徴的な意味があったはずですが、この分だと、米軍撤退の決定そのものが厳しい判断に晒される可能性大です。バイデン政権にとっては内政でも外交でも、頭の痛い日々が続きそうです。


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員