キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。
2021年8月3日(火)
[ 2021年外交・安保カレンダー ]
東京五輪は始まったが、新型コロナのデルタ株も拡散し始めた。両者の因果関係は不明だが、今日本では何とも言えない興奮と不安が交錯している。そんな中、先週ロイド・オースチン米国防長官はシンガポール、ベトナム、フィリピン三国を訪問した。日本ではあまり大きく報じられなかったが、今回の歴訪の意義は決して小さくない。
オースチン長官はシンガポールで政策演説を行った。同長官は、中国の非妥協的態度、特にインド、台湾、ウイグルに対する言動を批判した後、「こうした意見の相違や論争は現実のものだが、重要なことはそれらを如何に処理するかだ。利益が脅かされれば我々は怯まないが、(中国との)対立を求めている訳ではない。・・関係国に米中のいずれかを選べとは求めていない。」と述べたが、これは米国の本音だろう。
今回の目玉は米比同盟関係の改善だ。オースチン長官はドゥテルテ大統領を表敬し、翌日フィリピンの国防相は共同記者会見で「ドゥテルテ大統領はオースチン長官との会談後、VFA(訪問軍協定)の終了に関する書簡を撤回、取り消すことを決定した。」と明言した。おお、ようやく決まったか、というのが筆者の率直な感想だ。
これで、安全保障面での米比の軋轢はも当面回避されたと考えて良いだろう。南シナ海で中国を抑止するにはフィリピンの協力が不可欠だが、2020年2月、ドゥテルテ大統領は何と、米比安保条約の中核をなす「訪問(米)軍協定Visiting Forces Agreement」を正式に破棄する旨を書簡で米側に正式通報したからである。
ちなみに、VFAは日米のような「地位協定」ではない。現在フィリピンに「駐留米軍」はおらず、各米軍部隊はフィリピンを「訪問」しているという法的整理だからだ。理由は、1991年にフィリピン上院が「米軍駐留協定」の更新を拒否し、在比米軍が撤退したためだが、米海軍・空軍がフィリピンを去って以来、中国の南シナ海での活動は増大した。現在の諸問題の発端は実は1991年だったのである。
今回ドゥテルテ大統領が「協定破棄の書簡を撤回」した理由は分からない。同大統領は基本的に反米ナショナリストだが、決して親中でもない。同大統領が、最近の中国の行動を受け満を持して決断したのか、米国からの圧力に屈したのかは、現時点では不明だが、今回の決定が正しい決断であることだけは間違いなかろう。
今週もニュースは夏枯れだが、我がCIGSでは毎週火曜日午前中、時々の興味深いテーマを厳選し、研究所内外のゲストスピーカーを招致して、突っ込んだ対談を行い、それを編集して、直ちにウェブ上に掲載している。このCIGS外交安保TVは今週も続いている。一度覗いて頂ければ幸甚である。
〇アジア
北朝鮮の金与正・党副部長が米韓合同軍事演習に対し警告メッセージを発信したが、韓国大統領府は同演習について「様々な状況を総合的に考慮し、米韓両国が協議中である」とだけ述べたそうだ。韓国も米国との軍事・安全保障関係についてだけは現実的、常識的な対応をする。ならば、対日関係でもそうしてもらいたいものだ。
〇欧州・ロシア
中国中央テレビが、今月前半行われる中露合同軍事演習に向け、ロシア軍が中国内陸部・寧夏回族自治区の人民解放軍の基地に到着する模様を伝えたそうだ。目的は対テロ協力強化とされているが、アフガニスタンも含め、最近中国の中央アジアにおける動きが活発化している点は要注意であろう。
〇中東
7月29日、中東オマーン沖で起きたイスラエル系英企業運航の石油タンカーへの攻撃につき、イスラエルに続き、米英両政府もイランによるものと非難したそうだ。イランは否定するが、これは中東を中心に過去数十年間行われている米イラン間の「直接戦闘には至らない政治闘争」の一環であり、当面終わることはないだろう。
〇南北アメリカ
今週米国では新型コロナワクチンを少なくとも1回接種した成人の割合が70%に達したという。本来なら7月4日の独立記念日までに達成するはずの目標が遅れている。政治的、宗教的、社会的理由で接種を拒否する人々が現実に多数いるからだが、これでは米国での集団免疫達成は難しいのではないか。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは来週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
7月20日-8月3日 ベトナム第15期第1回国会
7月21-8月8日 東京オリンピック競技開始
7月26-9月10日 ジュネーブ軍縮会議 third part(ジュネーブ)
8月1-5日 第54回ASEAN外相会議(第54回AMM)、第23回ASEAN政治安全保障共同体(APSC)評議会会議、第29回ASEAN調整評議会(ACC)会議(ブルネイ)
2-4日 ASEAN上級経済担当者会議3/52(SEOM)
3日 ブラジル6月鉱工業生産指数発表
3-4日 ブラジル中央銀行、Copom(金融政策委員会)
4日 ロシア7月CPI発表
4日 ベイルート爆発から1年
4日 アトラスV(ボーイング社CST-100スターライナー軌道飛行試験Boe-OFT-2)(無人)打ち上げ(ケープカナベラル空軍基地)
5-6日 G20デジタル相・研究相合同会合(イタリア・トリエステ)
5日 米国6月貿易統計発表
5日 第13期イラン大統領就任式
6日 米国7月雇用統計発表
6日 メキシコ7月自動車生産・販売輸出統計発表
6日 広島原爆の日
6日 長征3B/E(通信衛星 中星2E)打ち上げ(四川省西昌衛星発射センター)
7日 中国7月貿易統計発表
宮家 邦彦 キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問