外交・安全保障グループ 公式ブログ

キヤノングローバル戦略研究所外交・安全保障グループの研究員が、リレー形式で世界の動きを紹介します。

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2021年7月30日(金)

デュポン・サークル便り(7月30日)

[ デュポン・サークル便り ]


ワシントンDC近郊では、相変わらず蒸し暑い日々が続いています。今日本は、東京オリンピック真っ盛り、カナダの特派員のセブン・イレブン詣でのツイートが日本語に翻訳され話題を集めたことなども伝わってきていますが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。

今週のアメリカは、再び、お茶の間の最大のニュースと、政治屋の間の最大のニュースが激しく乖離する週となりました。お茶の間の最大のニュースは、やはり東京オリンピックです。特に、女子体操で米国の「史上最強のエース」と言われていたしモーン・バイルス選手が、先週、女子団体戦決勝を「健康上の理由」で欠場すると発表した後、過度の精神的ストレスを理由に個人総合競技も棄権することを表明したことが大きな話題となりました。近年アメリカでは、常に「勝利第一」の環境におかれる競技選手のメンタルヘルスに焦点が当たっています。例えば、日本の大坂なおみ選手は、若くして常勝のプレッシャーに直面し、うつ病を患っていることを告白しました。アメリカ人の大半は「競技選手も人間」という観点から、同選手の言動を「勇気ある告白」と受け止めています。4年に一度しかない大舞台をあえて棄権したバイルス選手にも、同様の暖かい反応が津波のように寄せられ、フェイスブックなどのソーシャル・メディアで拡散しています。

しかも、「エース不在」で決勝ラウンドに臨んだ体操の米女子団体チームは、バイルス選手不在の中で銀メダルを獲得。さらに、女子個人総合競技では、バイルス選手不在の穴を埋めるように、スニサ・リー選手が金メダルを獲得しました。モン族[1]系アメリカ人として初の金メダリストとなったリー選手は、彼女自らもアキレス腱損傷を含め数々の負傷を乗り越えただけでなく、2019年に実父が転倒事故で下半身不随となり、昨年には叔父と叔母をコロナウイルスで亡くすなど、身内の不幸が続きました。それを乗り越えて金メダルを獲得したことに、全米のお茶の間が興奮したのはもちろん、彼女の金メダル獲得で、2004年以降、アメリカ人選手がオリンピック体操個人総合で金メダル連続獲得という記録も延長され、米体操界の層の厚さを見せつけました。

東京オリンピックで一般人が盛り上がる中、政治屋の方は、今週も再び別のニュースで盛り上がっています。今年の1月6日、昨年の米大統領選挙の結果認定のため連邦議会議事堂で上下両院合同本会議が開かれている最中、選挙結果認定を阻止すべく暴徒化したトランプ支持派の集団が議事堂を襲撃した事件はご記憶の方も多いと思います。この事件以降、なぜこんな事件が起きたのか、議会警察による警備のどこに問題点があったのか、さらには、トランプ前大統領の、昨年秋の大統領選挙に関する「根拠なき大規模選挙不正陰謀説」がどれくらい暴徒の煽動に寄与したのか、などを調査するための特別調査委員会を議会に設置する必要性が議論されていました。当初は、2001年9月11日にアメリカを襲った同時多発テロ事件の調査を目的に設置された通称「9・11委員会」と同様、超党派の委員会を設置することが提案されていました。ですが、その種の委員会設置を目指して下院で民主、共和両党の議員が練り上げた法案は下院で可決されたものの、上院では法案審議に必要な賛成60票を獲得できず、なんと、法案はお蔵入りしました。業を煮やしたナンシー・ペロシ下院議長は、議長としての権限で特別調査委員会を設置することを宣言する結果となりました。

当初は民主、共和両党から同数の議員で発足することが検討された特別調査委員会ですが、ペロシ下院議長は共和党側から推薦された5議員のうち、過去にトランプ大統領の陰謀説を公然と支持する言動を繰り返した2議員がいたことを問題視し、この2議員について共和党側の推薦を却下しました。このペロシ下院議長の対応にキレたケビン・マッカーシー下院共和党院内総務は、ペロシ議長が却下しなかった他の3議員についても推薦を撤回するとともに、特別調査委員会による公聴会など一切の活動をボイコットする方針に切り替え、特別調査委員会は「民主党によるトランプ前大統領への個人攻撃」であるとする批判を展開し始めたのです。

それでも、結局共和党からは、過去4年間一貫してトランプ大統領に批判的な立場を貫いた結果、今年、下院共和党指導部から追い落とされたリズ・チェイニー下院議員(チェイニー元副大統領の娘さんでもあります)と、空軍出身のアダム・キンジンガー下院議員が、ペロシ下院議長からの指名を受ける形で特別調査委員会に参加しました。民主党議員が圧倒的多数を占める委員会ではありますが、この二人の共和党議員が参加したことで、特別調査委員会が「党派的なもの」というマッカーシー下院共和党院内総務の主張はいま一つ説得力を欠く結果となりました。更に、共和党側はペロシ議長が却下しなかった3議員の推薦まで撤回したことで、結果的に同特別委員会にはトランプ前大統領の立場を擁護できる議員が不在となっています。

そんな中、7月28日に同委員会が満を持して開催した第一回公聴会には、DC警察と議会警察からそれぞれ二人ずつ、計四人の警察官が証人として出席しました。黒人の議会警察衛視は、1月6日に連邦議事堂を襲撃した暴徒から黒人に対する蔑称を浴びせ続けられたと述べました。また、陸軍時代にイラク駐留経験もあるDC警察の警察官も、「イラクの戦闘地域にいた時以上に身の危険を感じた」「今日、自分はここで死ぬんだと思った」などと証言しました。いずれも時に涙をぬぐい、時に声を震わせながら発言を続け、その様子はメディアで大々的に報道されました。特に、証人として公聴会に出席した警察官の一人は、一部共和党議員が1月6日の暴力事件を軽視する発言を繰り返していることを強く批判し、怒りで体を震わせ、机をたたきながら「自分や自分の同僚は、この議会に選ばれて集まった議員の皆さんを守るという任務を遂行するために、あの日、地獄にいって戻ってきたような体験をした。にも拘わらず、一部の議員が、我々の同僚に対して見せる無関心さは、恥ずべき事だ」などと強い口調で述べていたことは印象的でした。

この特別委員会は今後も活動を続けますが、トランプ前大統領や、共和党議会指導部、さらにはトランプ政権時に政治任用者として司法省で勤務していた当時の幹部などに、召喚状を発令してでも証言を求める方針のようです。同委員会による調査結果がいつ発表されるか、また調査結果がどのように有権者の間で受け止められるかは、来年の中間選挙の結果、更には、トランプ前大統領がこれからどこまで共和党に影響力を行使し続けるるかに重大なインパクトを与えかねません。この委員会の動きは今後もフォローしていきたいと思います。




[1] 中国の雲貴高原、ベトナム、ラオス、タイの山岳地帯に住むミャオ族系の少数民族


辰巳 由紀  キヤノングローバル戦略研究所主任研究員